絆 5

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絆 5

 飛行機は、滑走路を勢いよく離陸した。  日本を離れ、遠く、遠く――  エジプト・カイロまで、僕を連れて行く。  あの日、切なくて胸が張り裂けそうだった僕は、もういない。  今、胸に宿るのは使命だ。  ふわりとした浮遊感の中、窓の外を見下ろした。  どんどん小さくなっていく世界に、チカチカと街の光が瞬いている。  まるで駿が放つエールのように力強い。 『想、頑張れ! 待っている! 必ずお父さんと元気に戻って来い!』  ドンッと胸を叩く、駿の力強い声が聞こえるよ。 『想、光になれ! お父さんの光に……‼』   (うん、うん……駿、必ず戻るから待っていて) 「想くん……顔色が悪いが、大丈夫か」 「若林さん、あの、僕はここまでかなり無理を言いましたよね? すみません」  強引にカイロ行きをねじ込んだ自覚はあるので、ぺこりと頭を下げた。 「なるほど。君は外見は白石部長と似ていないのに、芯の通った所はよく似ているんだね」 「えっ、そうでしょうか」  そんな風に言われるのは、初めてだ。 「こんな形だが、白石さんの自慢の息子さんに会えて嬉しいよ。想像通りだったよ」 「そうでしょうか。僕は幼い頃から身体が弱く、父に沢山の心配をかけてしまいましたが……ようやく少しは頼ってもらえるようになって来たのです。だから……」  その先は言葉を紡げず、キュッと下唇を噛みしめた。 「うん、白石さんとは色々な話をしたよ。何しろ日本人スタッフが俺たちしかいない孤独な場所だったからね。折りに触れて想くんの話もしてくれた。幼い頃は喘息で苦しんで大変だったけど、いつも優しく可愛らしい子で、最近は目を見張る程頼もしくなってきたので、帰国が楽しみだと」  お父さんの凜々しい顔を思い浮かべながら、静かに聞いた。 「お父さんが、そんなことを?」 「そう言えば……頼もしい息子さんがいるのなら帰国してまた一緒に住むのが楽しみですねと言ったら、全然違う返事をされて驚いたよ」 「なんと?」 「『きっと間もなく息子は、家を出て近所に住むだろう。だからお互いの家を行き来するのが楽しみなのさ』とね」 「そんなことを?」 「そうだよ。『私には二人の息子がいるから、将来安泰なんだ』とも」  若林さんの言葉を受けて、堪えていた涙が静かに頬を伝った。  お父さんは駿と僕の関係を認めてくれただけでなく、僕の将来まで考えてくれていたのか……お父さんは……やっぱりすごい。 「今の話は駿くんも伝えたよ。両方に伝えないとフェアじゃないからね。だから帰国後の白石さんの夢を、どうか君と駿くんで力を合わせて叶えてあげてくれないか」 「はい……必ず! 教えて下さってありがとうございます」 「白石さんはいつも目的を見据えて走る人だ。だから病院に着いたら、想くんがしっかり呼びかけて欲しい。君なら呼び戻せるはずだ」  どうかお父さん、僕が行くまで待っていて。  ひとりで逝かないで下さい。  家族の元に、戻って来て下さい。  僕は頭を垂れて祈った。  飛行機は雲の上。  静寂な世界を、祈りと共に駆け抜けていく。 **** 「……ただいま」 「駿! どうだった? 何か分かったの?」 「駿くん、東京までありがとう。想は? 想はどこなの?」    想のマンションに戻ると、二人の母がすぐに駆け寄って来た。  想なら雲の上だ。  それを俺から伝えても大丈夫だろうか。あまりに急な展開でバタバタで、想はお母さんに告げることなく旅立ってしまったので、躊躇った。 「……想はもう飛び立ったのね。想自らお父さんを迎えに行ってくれたのね。剛さんは……い……生きているのよね?」  お母さんの声が震える。 「はい、お父さんは意識不明の重体ですが、カイロの病院に入院中です。だから想はお父さんに一刻でも早く会おうと尽力して、同僚の方とカイロに夜便で向かいました」  実は想のお母さんの反応が少し怖かった。ひとり息子まで危険な目に遭わせてと怒られるのも覚悟していた。  だが、それは違った。  想の慈悲深い優しさは、お母さん譲りだ。  お母さんは状況を良く理解してくれていた。  こんな状態なのに、柔らかな表情を浮かべてくれた。   「あの想がいきなり海外に飛び立つなんて。本当に凜々しくなったのね」 「はい、最高にカッコよかったです。決断の早さとひたむきな情熱は、お父さんによく似ていますね。想はゴールを目指して飛び立ちました」  希望があるから。  希望になりたくて。  望の灯をともすために。 「あの子は私達にとって『光』なの。だからきっとお父さんを助けてくれると、信じたいわ」 「俺は信じています! 想がお父さんを救うと!」  想自身がお父さんの『希望の光』になる!  そんな予感で満ちているから。
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