絆 10

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絆 10

「駿、聞いて! 明日いよいよお父さんが集中治療室から出られるんだって! だから嬉しくて。あぁ今夜僕は眠れるかな? 最初になんて言おう? どうしよう?」  その日の想は、いつになくハイテンションだった。  あちこちに心が飛び跳ねて、掴まえるのが大変だ。 「想、ちょっと落ち着け。あまり興奮するとまた熱を出すぞ」 「あ、そうだね。ちょっと待って」  電話口の向こうで、スーハーと呼吸音が聞こえる。  あぁ、想は相変わらず可愛い。  真面目に深呼吸なんてしちゃって、もう可愛すぎだぜ!  初めて抱き合った時だった、一生懸命、呼吸を整えようとしていたよな。  裸の想が脳裏に浮かんでくる。  深呼吸の度に上下するしっとりと滑らかな胸に、興奮したのを思い出した。  今すぐこの腕で抱きしめたい。  想に触れたい衝動に駆られてしまった。 「駿……しゅーん、聞いている?」 「あぁなんだっけ?」 「聞いてなかったの?」 「ごめん」  ヤバイ! 想はお父さんのことで頭が一杯なのに、俺だけこんな煩悩の塊では居たたまれない。 「もう12月だね。そっちはクリスマスっぽくなってきた?」 「街中クリスマスだ」 「また写真を送って欲しいな」 「あぁ一緒に行きたい所ばかりだよ」 「僕も駿と出掛ける日が楽しみだよ……今年のクリスマスはどこにいるのかな?」 「お父さんのことを優先させてくれ」 「ありがとう、でも駿……」  暫しの沈黙。 「そろそろキスするか」 「うん……でも、今日はそれだけじゃ足りない気がして」 「もっと深く触れ合おう」 「え、でも駿が会社に遅刻してしまうよ」 「俺もこのままだと外に出られない」 「え……」  電話越しに、想に触れた。  目を閉じて想の身体を思い浮かべ、優しく全身を撫でて、張り詰めたものを手の平で包んで丁寧に扱くと、想も躊躇いがちに手を伸ばし、俺のものをしっとりとした手で優しく包んでくれた。気持ち良すぎて堪らないぜ。  男同士だから、お互いの気持ちいい所が分かり合える。 「あっ……そこ……そこは……待って」 「ここがいいよな。こうするのがいいよな」  言葉で交わり、想像で絡み合い、みちていく。 「んっ……」 「ああっ」  お互い離れた場所で、共にみちていく。  俺たちは離れた場所でも、こうやって愛を満たせるようになった。  どこにいても一つになれる。  思い合えることの喜びをひしひしと感じていた。 「ふぅ……あぁ……パジャマ……汚しちゃった」 「俺も、ヤバイ、着替えないと」 「駿、遅刻しちゃうよ」 「おう! じゃあまたな。今日もぐっすり眠れよ」 「うん」  最後はリップ音を羽ばたかせて、魔法のような時間はお開きに。 ****   「想くん、おはよう」 「若林さん、おはようございます」 「ん? 今日は随分スッキリした顔をしているな」 「そ、そうでしょうか」 「やっぱりお父さんと会えるのが嬉しいんだな」 「はい、それもありますが……」 「ん?」 「い、いえ」  昨夜、電話越しに駿と触れ合った。  キスよりも深いことをした。  自分があんなことを出来ようになったなんて、少し信じられない。  でも、おかげでぐっすり眠れた。  鏡を見ると自分でも血行がよく明るい表情だと感じた。  駿の力をもらったのかな?  溜まっていたものを吐き出し、満ち足りた気分だった。 「やっと……お父さんに直に会えるのですね、話せるのですね」 「俺も嬉しいよ」  病院に着くと、もう集中治療室にお父さんの姿はなかった。 「いよいよだな」 「はい!」  一般病棟の個室に移動していた。 このカーテンの向こうにお父さんがいる。  そう思うと心臓がバクバクしてきた。 「想くん、深呼吸だ、心を落ち着かせないと」 「は、はい」  昨日から大真面目に深呼吸ばかり。 「さぁ入ろう! 君が先に会っておいで」  若林さんが背中をポンっと押してくれる。 「お……お父さん」 「想、会いたかった」  お父さんは昨日よりもずっと顔色が良く、すっきりしていた。 「お父さ……ん」  泣くまいと誓っていたのに、僕の目からははらはらと安堵の涙が零れ落ちていく。  お父さんが想像以上に、生気を取り戻していたから。 「こっちへ来てくれ」 「はい」  お父さんは上半身を少し起こして、僕を呼んでくれた。  手と手と重ねあった。 「想……お前の手に触れたかった。やっぱり想だったんだな。私を生きている世界に連れ戻してくれたのは」 「僕の手がお父さんを……本当に?」 「あぁ幼い想がやってきて道案内してくれ、最後は今の想に引っ張られて戻ってきたんだ。想のおかげで死なないで済んだんだ」 「そんな、お父さんの生命力の強さだと……先生は」  お父さんの手に涙の雨を降らせていると、お父さんが優しく頭を撫でてくれた。 「想、ありがとう。心配かけたな。まさかカイロまで来てくれるなんて、夢を見ているようだ」 「怖かったです。お父さんがどこかに行ってしまいそうで必死でした」 「お父さんはここにいるよ。まだまだ想とやりたいことが沢山ある。家族で過ごす時間は、これからだろう」 「あ、あの……若林さんも一緒に来ています」 「どこだ? 入ってくれ」  若林さんは、躊躇いがちに病室に入ってきた。  それから90度頭を下げて、詫びを入れた。 「すみません、全部俺のせいでした。あれは俺の担当の工場だったので、俺の仕事でした」 「おい、やめろ! 謝る事ではない」 「ですが……」 「私は生きている。こうやって息子が駆けつけてくれた。今、とても幸せなんだ」 「ですが、俺は、俺は……」 「息子さんの手術は無事に成功したのか」 「はい! 日々回復しています」 「手術前と手術後に、お父さんがいてくれて心強かっただろう」 「妻も子もすごく喜んでくれて頼ってくれました」 「それを聞いて安心したよ。良かったな」 「この2年間、息子が発病してから何度も帰国させて下さってありがとうございます。俺の人生がかかっていました」  成程、そういう事情でお父さんは2年間一度も戻って来なかったのか。  やっぱりお父さんは僕の誇りだ。  お父さんの息子に生まれて良かった。  お父さんが大好きです。  面と向かって言えなかった言葉が次々と浮かんでくる。  
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