絆 16

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絆 16

「駿っ、駿、あのね」 「良かったな! それでいつ退院出来そうか」 「えっ? まだ何も言っていないのに、どうして分かったの?」  電話の向こうで、不思議がる想の顔が浮かんだ。   「俺たち何年一緒にいると思っているんだ?」 「えっと、付き合って2年だよね」 「いや、8歳の時からだから20年以上だぞ」 「あ、うん、それはそうだけど」 「よく鍛えられているから、想の感情なら手に取るように分かるのさ。なぁ覚えているか。学校を休んだ想に会いに行くと、いつも興奮した様子で教えてくれたことを」 「確かキレイな船を見たとか鳥を見たとか、駿にいつも報告していたよね。今考えるとあんなことで興奮して少し恥ずかしいな」 「んなことない。頬を上気させて、その日の出来事を一生懸命教えてくれるのが可愛かった」  色鮮やかな懐かしい景色が蘇ってくる。  想のマンションは海の真正面に建っていたので景観が良く、景色が常に動いていた。  以前住んでいた都心の高層マンションからは、隣のマンションかオフィスビルしか見えなかったそうなので、きっと病弱で家にいることが多い息子に自然の景色を見せたかったのだろう。 …… 「しゅん、しゅん、あのね」 「何かいいことがあったんだな」 「うん、なんで分かるの? あのね白と青のストライプの船が通ったんだ。すごくさわやかな気分になったよ」 ……  仲良しになればなるほど「しゅん、しゅん」と連呼されることが増え、自分の名前が大好きになった。 「先生と相談して退院は12月20日に決まったよ」 「よかったな! 約束通り行くよ」 「嬉しいけれども、やっぱりカイロは遠いよ。仕事も年末で忙しいだろうし成田まで来てくれれば充分だよ」 「いや、行く! 想は俺の名前の由来を知っているだろ?」 「それは……『瞬発力』の『駿』だよね」 「だから咄嗟に機敏に動けるのが得意技だ」 「うん」 「想……迎えに行くよ」 「ありがとう」 「約束のキスをしよう」 「あっ……」  甘いキスを幾重にも重ねて、固い約束をした。 ****  トントン拍子にお父さんの帰国準備は進んだ。  お父さんは銃弾が貫通した傷が癒えず下半身がまだ動かせないので、車椅子で飛行機に乗ることになる。空港スタッフが介助してくれるとはいえ、細かいケアは僕が担うが、体格のいいお父さんが万が一倒れた時、非力な僕では頼りないが、駿と二人がかりなら大丈夫だ。  そう思うと、駿が来てくれるのが嬉しかった。  今日これから退院し、そのまま飛行機に乗る。 「お父さん、荷物を整えて来ました」 「ありがとう。いよいよだな」 「はい、駿がもうすぐ病院まで迎えに来てくれます」 「そうか。私には頼もしい息子が二人もいるので、安心だよ」  駿が到着するまで1時間近くあるので病室で待つつもりだったが、精算が済むと早々に追い出されてしまい、お父さんと苦笑した。 「まぁ日本とは違うんだから、そういうものさ。仕方がない。少し中庭で待つか」 「そうですね、駿の到着まで、まだ少しありますしね」 「駿くんがカイロまで迎えに来てくれるなんて嬉しいな」 「はい」  話をしていると「白石さん、病室に忘れ物がありましたよ」と上から呼ばれた。お父さんの病室だった窓から、男性の声がする。 「なんだろう? 確認不足でごめんなさい。少しだけ待っていてください」 「……すまないな。お父さんも一緒に戻るよ」  お父さんが心配そうに僕を見上げるが車椅子で移動は大変なので、その場で待ってもらうことにした。   「大丈夫ですよ。すぐに戻ってきます。部屋についたら窓から手を振ります」 「そうか」  お父さんの車椅子を病室から見える場所に停めて、僕は階段を駆け上がった。 「白石です。すみません、忘れ物って……」 「ソウくん! 中に入って」  突然手をグイッと引っ張られたので、驚いた。相手はお父さんの介助をしてくれていた病院の男性スタッフだったので安心したのも束の間、いきなり次の瞬間、抱きしめられてしまった。 「え?」 「ソウくん、アナタを愛しています! 忘れ物はオレのハートです」  アラビア語で捲し立てられて困惑した。 「えっ? 僕は男ですよ? は……離して下さい」 「帰らないで! ずっとここにいて」  隙をついて逃げようとするが、逆に肩を壁に押さえつけられて動けない。 「やっ、やめて下さい」  異国の屈強な男性相手では、僕の華奢な体格では敵わない。ビクともしない。  こ……怖い……早くお父さんの所に戻りたい。 「あぁ……やっぱりソウくんはCuteでHotで最高だ。さぁオレのハートを受け取って」    介助の男性の鼻息が荒くなり、性的興奮を向けられていることを察知して青ざめた。 「手を離せっ!」  毅然とした態度で臨むが……渾身の力を込めても振り払うことが出来ず、真っ青になった。 「しゅ……しゅん……駿っ、助けて!」  そこでふっと身体の自由が戻って来た。 「イテテ……っ」 「おいっ何してる? 想に手を出すな! 俺の大事な人だ!」  日本語……?  しゅん……駿だ!    迎えに来てくれたんだ。 「ソウクン……恋人がいたんですね。怖がらせてごめんなさい」    介助の男性は、気まずそうに、そそくさと病室を出て行った。  もう会うことはないだろう。  今はそれより…… 「駿……来てくれたんだね。うっ……ぐすっ」 「あぁ、よしよし。いきなりで驚いたな。すごく怖かったな。もう大丈夫だ」 「しゅん、しゅーん」  やっぱり駿はすごい。  僕の心を全部理解してくれる。  僕は駿に抱きついて、ほろりと泣いてしまった。 「想、大丈夫、もう大丈夫だ。この先は俺に任せろ」  浮かんだ涙をそっと吸い取って、強引に掴まれた手首には優しくキスをしてくれた。  そしてギュッと抱きしめてくれた。  あぁ、懐かしい駿の匂い……  ずっと恋しかった人が、今、目の前にいる。  なのに……まだ実感が湧かないよ。 「想、大丈夫か」 「ゆ……夢じゃないよね?」 「あぁ、ほら」  僕をもう一度、強く、強く抱きしめてくれる。 「今の……全部上書きしたから、もう大丈夫だ」 「うん、うん……駿の言葉なら信じられる」 「よし! もう帰ろう。お父さんと想を迎えに来た!」   
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