聖なる初恋 3

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聖なる初恋 3

「剛さん、ありがとう」 「ん? 何故礼を言う? 礼を言うのは私の方だ」 「24日の件よ。あの子、内心とっても嬉しかったと思うの」 「あぁでも言わないと、真面目で優しい子だから、今年は帰国したばかりの私を気遣って家にいそうだったからな」 「想ならやりかねないわね。あなたがいない2年間、駿くんと日中は出掛けても、夜には家に戻って来てくれたのよ。私を夜一人にさせたくなかったみたい」 「あの子は家族も大事にしてくれるんだな」  繊細で柔らかな心を持つ想と過ごす日々は、こんなにも居心地が良いのに……私は仕事を理由に避けていたのが悔やまれるよ。 「でも、想だってもう大人なんだから自由にしていいのに」 「それもそうだな。私達も子離れしないとな。その点、駿くんなら安心だ。彼は喜んで我が家に遊びに来てくれるからな」 「ふふ、そういう意味でも駿君で良かったのかも。あなた、想は……いい子よ、本当にいい子よね」 「あぁ自慢の息子、最愛の息子だ。由美子、想を生んでくれてありがとう」    こんな台詞、初めて言った。  あの世に足を突っ込んだ身だから、素直に出てくるのかもしれない。 「まぁ、そんな台詞初めて聞いた」 「……初めて言った」 「くすっ、私達、なんか最初に巻き戻ったみたいね」 「そうだな」    妻のお手製のシュトーレンを食べながら、私は目を細めた。  暖炉を模した飾り棚の上には、写真立てがいくつも並んでいる。  左から私たちの結婚式、お腹の大きな由美子、生まれたての赤ちゃんの想、幼稚園の制服を着た想、小学生、中学生……高校生、大人になった想もいる。  いつも見ていた写真のはずなのに、感慨深く感じるのは何故だろう。 「私たちは幸せだな」 「えぇ、私もそう言おうと思っていたの」 「リハビリ頑張るよ。君とこの先色々な場所へ出掛けたいしな」 「でも、どうかも無理はしないで。頑張りすぎないで、私には弱音も吐いて、弱味も見せていいのよ。25年以上も連れ添った夫婦なのよ」  由美子が心配そうに私を見つめてくる。   「そうだな、吐きたくなったら吐くよ。だが今は不思議と悲観的ではないんだよ。この身体もそう悪くはない。今まで見えなかったものが見えてくるしな」 「何が見えるの?」 「君の手元がよく見えるし、見上げる君の笑顔は綺麗だ。美味しい手料理を毎日食べられるし、何より家族で過ごす時間が増えた」  迷惑をかけてすまない。    という言葉は、飲み込んだ。  すまない、申し訳ないと思う気持ちはもちろんあるが、それよりも頑張りたい。  今、出来ることを精一杯やりたい。  だから今は君に甘えるよ。 「剛さん、私もあなたと一緒に頑張りたい」 「ありがとう」   ****  明るい週の始まりだった。  月曜日に駿と約束したことが糧となり、師走で仕事はバタバタしていたが、僕の気持ちは高揚する一方だった。 「白石さん、今日は残業ですか」 「いや、今日はそろそろ帰るよ」 「じゃあ、今から飲みに行きません?」 「あ……ごめん。今日は買い物に行く予定があって」 「えぇ、そうなんですか~ うーん、残念……」 「隣の部署に、まだ何人か残っているよ。誘ってみたら?」 「……そうじゃなくて」 「どうかしたの?」 「はぁ……白石さんって……」 「?」    最近頻繁に飲み会に誘われるけれども、どこも人出不足なのかな?  僕は小首を傾げて、帰り支度をした。  12月も下旬。  最近めっきり寒くなった。  気管支が弱いから冷やさないようにと、マフラーをぐるりと巻いて電車に乗った。  この時間なら、まだ開いているはず。  僕は銀座のとあるテーラーに向かった。  銀座の片隅に英国時代に知り合った人のお店がある。今年はそこで両親と駿に贈るクリスマスプレゼントを予約しているので受け取りに行く。  石造りのビルの1階、瀟洒な造りの『テーラー桐生』  重たい扉を開くと、力強い声がした。 「いらっしゃい」 「大河さん、こんばんは」 「お! 想くんじゃないか! 元気だったか」 「はい、クリスマスギフトのDMをありがとうございます」 「あぁ、帰国後の連絡先を聞いておいて良かったよ。英国以来だから3年ぶりか」 「はい、挨拶が遅れました」 「いいって、忙しいのはお互い様だ。予約してくれて嬉しかったよ」  大河さんはちょうどクリスマスのラッピングをしている最中だった。  カウンターの上には山積みのプレゼントが並んでいた。  クリスマスレッドの包装紙にゴールドのリボンが華やかだ。 「お忙しそうですね」 「嬉しい悲鳴だよ。今年はお得意様にクリスマスギフトのDMを出したら有り難いことに多方面から注文が殺到したんだ。それから臨時の仕事も入ってバタバタしていたよ」 「商売繁盛ですね」 「また英国に技術を磨きにいきたいよ」 「僕も大河さんと出逢った英国が懐かしいです」  大河さんが奥から包みを出してきてくれた。 「これが想くんの予約分だ。両親と、もう一つの紳士物は……彼氏にかな?」 「あ……はい」 「やっぱりそういうことか。あの時話していた幼馴染みと再会できたんだな」 「……はい、付き合っています」 「親公認で上手くいっているんだな」 「どうして分かるんですか」 「お父さんと彼に色違いなんて、そうに決まっているさ」  大河さんは憧れにも似た表情を浮かべ、目を細めて僕を見つめていた。 「はい……感謝の気持ちと愛情を両親と駿に伝えたくて……だから大河さんのお店のものを選ばせていただきました」 「そう言ってもらえると、嬉しいよ」 「大切にします」 「今度は彼を連れておいで。俺が採寸してやるよ」 「そうですね。僕の……駿を紹介したいです」 「ははっ、想くんは意外と男らしいな」 「駿にもたまに言われます」 「そこがまた魅力的なんだろう」  大きな包みを3つ抱えて店を出ると、丁度お店に入って来た人とぶつかりそうになった。 「わっ! すみません」 「いえ、僕のほうこそ」 「え?」 「え!」  その声には、聞き覚えがあった。 あとがき(不要な方は飛ばして下さい) **** クリスマスのクロスオーバーが始まりました🎄🎅 私の創作は、こういう重なりが多いです。 現在『初恋』は他の作品の時間より2年先の展開になっているので、そこも面白いかもしれません。 『テーラー桐生』は『幸せな存在』や『重なる月』に出てくる東銀座にあるお店です。『幸せな存在』では「賑やかな日々3」で瑞樹の礼服をオーダーしに行くシーンが初出です。https://estar.jp/novels/25503412/viewer?page=1230       
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