バレンタインスペシャル『甘い視線』

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バレンタインスペシャル『甘い視線』

『今も初恋、この先も初恋』を完結まで読んで下さって、ありがとうございます。今日はバレンタインデーなので、特別編としてSSを書き下ろしました。  同棲後、二人で迎えるバレンタインの様子です。  また現在『今も初恋、この先も初恋』は現在、春庭(4/2)新刊の同人誌として作業を進めています。物語前半に絞った短編バージョンとして再編集。大幅な加筆修正し、書き下ろしたっぷりの内容になります。3月上旬にはBOOTHをOPENしますので、今後の詳しい情報はエッセイにてお知らせしていきますね。 それでは、番外編です。 ちなみに本日のエッセイで書いた小話の対の物語になります。 エッセイでは、菅野と駿が江ノ島で偶然会っています。 https://estar.jp/novels/25768518/viewer?page=801&preview=1 **** 『甘い視線』  凍てついた冬空。  ベッドから起きて窓硝子に手をそっとあてると、まるで氷の板のように冷たかった。 「冷たい……コンコン……」  まだ咳が出るな。  週の前半から風邪気味だった僕は、結局週末になってダウンしてしまった。  昨日は38℃の熱が出てしまったが、今日はもう下がっている。  駿が甲斐甲斐しく看病してくれたし、お母さんが持たせてくれた薬もよく効いたので、だいぶ楽になった。食欲が戻ってきたので、駿が僕の好物のピザをわざわざ江ノ島まで買いに行ってくれた。  前みたいに何日も高熱を出さなくなったのは嬉しいが、僕の体質が全て変わったわけではない。駿と比べたら雲泥の差の体力……相変わらず風邪をひきやすく熱も出しやすいのは、今も昔も同じだ。  でも駿はそれを含めて、僕を丸ごと愛してくれる。 「想、ただいま!」 「駿、外は寒かっただろう」 「いや、走ったから暑かったよ」 「走った?」  確かに駿の額にはうっすら汗が浮かんでいた。 「江ノ島のピザ屋の近くで、菅野に会ったんだ。それで一緒に走ったんだ」 「菅野に? それは偶然だね。そういえば高校時代、菅野はバレーボール部の主将でカッコよかったよね。足も速かったし」 「おいおい、想、そこー?」 「え? くすっ、僕……体育館前の階段に座って、いつも駿のサッカーを見ていたから……その時体育館で練習をしている菅野のことも見かけていたんだ」 「……そうだったよな。懐かしいな」  コートを脱いだ駿が、僕のベッドに腰掛けて来た。 「想、もう熱はないんだろ? キスしたい……」 「駄目だよ。咳が出てるんだ。うつしたら……いやだから……」 「くぅううう……」  駿が前屈みになって苦悶の表情を浮かべる。 「ご、ごめん。僕が気になって……本当にごめん」 「いや、想の気持ちも分かるよ。俺のこと考えてくれているのも……」 「ごめんね」 「謝るなって、その代わり治ったら、ここに付き合ってくれるか」  手渡されたのは、江ノ島の水族館のチケットだった。 「チョコレート色のアザラシが話題らしいぞ。日付限定、触れ合い券つきの特別チケット」 「すごいね! 水族館なんて行く機会がなかったから嬉しいよ」  嬉しくて駿に思わず抱きついてしまった。  頬を摺り合わせると駿がビクッと震えたので、慌てて離れた。 「ご、ごめんね」 「……シバラクオマチクダサイ] ****  2月14日、バレンタイン当日。  二人して休日出勤の代休を取ってしまった。  これって、意味深だよなぁ。  別々の会社勤めで良かったよ。 「駿、早く行こう!」 「想、そのコートは駄目だ。アザラシのとの触れ合いは屋外だから、あのコートにしろ」 「ダッフルコート?」 「そうだ」 「駿はあれが好きだね」 「大好きだ! 「ふふ、僕もだよ」  想のお父さんの英国土産のダッフルコートは、英国製の高級な物だったので、10年が経過しても、まだまだ着られる。濃紺の表地に、裏地はブラックウォッチになっていて正統派な印象だ。それがストイックな想に、よく似合っている。  何より長めの袖の中で手を繋げ合うのが、俺のお気に入りだ。 「あと、マフラーもしないとな」 「うん」  柔らかなミルクティー色のカシミアマフラーをぐるぐる巻きにしてやると、想が可憐に笑った。 「充分、暖かいよ」 「想、もう風邪はすっきり治ったか」 「うん……もう大丈夫。その色々……待たせてゴメン」 「大丈夫だ。その代わり今日の夜は……いいか」 「そのつもりだよ、しよう!」  想の返事に浮き足だってしまった。  想のこと……いつでも抱き合える環境になっても大切にしたいんだ。  想の気持ちと俺の気持ち、いつも歩み寄りたい。  江ノ島の水族館は平日なのにバレンタインだからか、激混みだった。 「想、すごい人だな。迷子になるなよ」 「すごい人だね……それに若い人ばかりで恥ずかしいよ」  確かに周りを見渡すと子供はおらず学生カップルで溢れている。男女のカップルがイチャイチャ、イチャイチャ。これは想が気後れするシチュエーションだな。  ところがその中に希望の光を見つけた。 「想、あそこ見てくれ」 「え?」 「あの人達、素敵だな」 「わぁ……」  雑踏の中に、周囲を蹴落とす程の神々しさを放つ男性がいた。  俺たちより10歳は年上だろう。楚々として凜とした空気を放つ大人な雰囲気の男性と、盾になるような長髪の逞しい男性が立っていた。 「素敵な方だね。後ろにボディガードを控えているのかな?」 「……いや、彼等はきっと……」  美しい男性も自分より一回り大きなコートを着ていた。  水族館の中は薄暗い。  だが目を凝らすと、袖の中で手を確かに握り合っているのが見えた。 「想、俺たちも手を繋ごう」 「え、でもここで?」 「暗くてよく見えないし、皆、目の前の相手に夢中になっているさ」 「そうか、そうだね」  こういう時の想は、いつもの何倍も積極的になってくれる。  袖の中で指を1本1本絡めて、ニコッと微笑んでくれた。 「駿、また……僕たちの初めてだね、水族館デートは初めてだから」 「お、おう!」  想は、俺をやる気にさせる名人だ!  手を繋いだまま、二人でゆったりと熱帯魚や深海魚を眺めた。  想は物知りなので、いろいろ教えてくれる。俺は想が饒舌になっていくのが、可愛くて目尻が下がりっぱなしだ! 「あ、そろそろ触れ合いタイムだ」 「ドキドキするね!」  指定された時間に屋外の指定された場所に行くと、先程見かけた美しいカップルも立っていた。 「翠、ほら、触れてみろよ」 「う、うん……大丈夫かな? 噛まない?」 「大丈夫だ」 「分かった。流がそう言うのなら、信じられるよ」  外見は凜としているのに、意外と喋ると幼く天然な感じが微笑ましかった。  それにしても、隣の男性の相手が好きオーラがすごいな。  威圧される。 よーしっ、俺も負けてられない! 「俺たちも触ってみよう」 「うん……大丈夫かな」 「怖くないよ」 「駿がそう言うのなら、信じられるよ」  想が同じ台詞を放ったので、翠と呼ばれる男性がこちらを振り返った。  そして俺たちをみて、あぁ……と何かを納得したように微笑んでくれた。  見ず知らずの人だが、親しみを感じ、俺と想は会釈した。  すると、流と呼ばれる男性が近寄ってきた。 「君たち、悪いが写真を撮ってくれないか」 「あ、はい!」  二人をあざらしと一緒に撮ってあげると、満足そうに微笑んだ。 「ありがとう! 俺も撮るよ」 「あ、ありがとうございます」  想とツーショットを撮る機会はなかなかないので、嬉しかった。 「お似合いだよ」 「……お互いに、ですよね?」 「ふっ、ありがとう。そうそう、売店で売っているイルカチョコは恋の御利益があるぞ。俺たちが念をかけておいたから買うべきだぜ」 「ぜひ買って帰ります!」  帰り道、イルカチョコレートをお導き通り買ってやると、想は嬉しそうに抱えて歩いた。  可愛いな。そんなに喜んでくれるのか。 「駿からチョコレートをもらるなんて、嬉しいよ」 「バレンタインだからな。実は……もっと気が利いたものをと思ったが、一緒に出掛けてお土産に買ってやりたかったんだ」 「うん! そういうのが嬉しいよ。二人の思い出だね。あ……僕からは後でね」  その晩、想が俺に食べさせてくれたチョコはとても美味しかった。 「駿、これは僕の手作りだよ」 「いつの間に?」 「この前、お母さんに習ってきたんだ」 「おお! 滅茶苦茶美味しい。チョコレートの中はクッキーなのか」 「うん、中身はスノーボールクッキーだよ。それをチョコで包んでみたんだ」  ほろほろに崩れやすいクッキーを、チョコレートで甘くコーティングか。想らしいな。 「……駿があの日くれたチョコも美味しかったよ」 「あの日って?」 「……ほら、合唱コンクールの時に……」 「あ! 懐かしいな」 「そうだ……あの日のビデオを観る?」 「そんなの、あるのか」 「……先生が後日くれたんだ」 「想は観たのか」 「いや……ミスしたことが恥ずかしくて、まだ……」 「なら、一緒に観ようぜ」  二人で作ったビーフシチューを食べた後、上映会をした。  デザートは、甘めのホットワインと想の作ったお菓子とイルカチョコ。  ビデオに映るのは、学生時代の俺たちだ。  想のピアノの音色が、二人を、あの時へと導いてくれる。  想とアイコンタクトを取って指揮棒を振る若い俺の姿。  俺の視線と想の視線が、見事に絡み合っている。  何度も何度も……甘く、甘く、甘くだ!  あの頃も、今も、俺……想が大好きだ。 「駿……なんだか恥ずかしい」 「俺に見られているからか」 「僕、駿の視線を浴びて……幸せそうだ」 「今も幸せか」 「もちろんだよ」  想からの積極的な甘いキス、キス、キス! 「想、今日は積極的だな」 「好きだよ、しゅーん」  あの日は俺が想の口に甘いチョコレートを届けてやったが、今日は想から仕掛けてくる。  想いの丈が籠ったキスは、どこまでも甘かった。  そのままソファに敷いたラグに、想を押し倒した。  今日はもう我慢出来ない。  床暖房が効いているので、寒くはない。  だが想の身体が痛くないか心配だ。 「ベッドに行くか」 「駿、僕……今日はここでしてみたい」 「いいのか」 「うん」  毛足の長い白いラグの上に埋もれた想が、甘く微笑む。  それから不思議そうに天井を見つめた。 「どうした?」 「ん……あんな場所に何か書いてあるよ」 「ん?」  斜めになった壁の脇、寝っ転がらないと見えない位置に、小さな文字が…… 『I love the sky✈』    ……空を愛している?  これは、以前ここに住んでいたあの男性が残したメッセージなのか。 「これって、駿と僕のことみたいだ」 「確かに! 粋なメッセージを見つけたな」 「……青い空は駿だよ」 「白い雲は想だ」 「うん」 「じゃあ空は?」 「……僕たちが一つになることかな……?」 「想、だから好きだ、大好きだ」  今宵もキスから始めよう、俺たちの初恋を―― **** これは最高に甘い夜になりそうですね。 今回『重なる月』の翠と流とクロスオーバーしました。翠と流も若い頃、水族館デートらしきものをしていました。それは、ここで書いています。 『忍ぶれど……』バレンタイン水族館 https://estar.jp/novels/25570850/viewer?page=48 また天井に落書きをした人物も『重なる月』に出て来ますよね。 ****
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