キスの日スペシャル『迷子のキス』

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キスの日スペシャル『迷子のキス』

 2a6a428e-04a2-4c2e-86b8-d4822af68501  僕たちは朝から『夢の国』に、遊びに来ていた。 「ずっと来てみたかったんだ。嬉しいよ」 「想は何度も来たことがあるだろう? 小学校の時よくキャラクターの文房具を持っていたし」 「お父さんの会社の関係で家族でね……でも駿とも来たかったんだ」 「そ、そうか! サンキュ! って、お父さんに怒られそうだな」 「くすっ、駿はいつだってお父さん公認だよ」 「おう!」  駿と一緒に童心に返り、お城を探検したり、可愛いクマの世界のアトラクションに乗ったり、次々と園内を巡って、とても楽しかった。  だが今日は気温がぐんぐん上がって、とても暑かった。  体力のない僕は、次第に無口になってしまった。  はしゃぎすぎて疲れてしまったようだ。 「想、大丈夫か。荷物貸せよ」 「ありがとう。ごめんね」 「いいって、それよりどこかで休憩しよう」  明らかに足取りが重くなった僕を、駿はベンチに座らせた。 「ここは日陰だから少し座ってろ。俺は何か冷たい飲み物を買ってくるよ」 「えっ、僕……ひとりで待つの? 一緒に買いに行くよ」 「今日は暑くて飲み物を買うのにも長蛇の列だ。無理すんなって」 「うん……分かった」 「想、いいか。絶対にここから動くなよ。勝手に歩いて迷子になるなよ」 「しゅーん、流石に僕の年齢で迷子はないよ」 「そうかな? 想はちょっとぼーっとしているから心配だ。じゃ! 行ってくるよ」 「気をつけてね」  駿を見送ってから、だいぶ経った。 「遅いな……駿、大丈夫かな?」    体力も復活したので、僕は駿が向かった方向に歩き出した。  ところが…… 「あれ?」  駿の姿が見えない。 「こっちじゃなかったのかな? あっちだった?」  駿の姿を探して、うろうろと夢の国の中を彷徨った。 「あれ? 僕……どこから来たんだっけ?」  キョロキョロ見渡すと、見慣れない景色の場所に立っていた。  まさか本当に迷子になってしまうなんて!  でも大丈夫、駿にスマホで連絡すればいいだけだ。  ところが…… 「あ!」  僕の荷物……  駿に預けっぱなしだ。  鞄にスマホを入れたままだった。  どうしよう?  どうやって駿を探せばいいのか分からない。  僕は約束を破って動いてしまった。  途端に不安になった。  鵠沼に転校する前、いつも教室でぽつんと座っていた寂しい気持ちが押し寄せてくる。 ……  だれも僕を見てくれない。  目も合せてくれない。  どうしよう、こわい……  どうしよう、さみしいよ。 ……  僕はもう大人で、一人だって怖くない。  なのに、今、ここに駿がいないのが怖いんだ。 「駿……駿、どこ? 僕はここにいる。お願いだ、見つけて欲しいよ」  子供みたいな願い事を唱えてしまった。  小さい頃、駿がいつも僕に話してくれたことを。 ……  想、こわくなったら、俺を呼ぶといい。  想が願えば、いつでも飛んでくるから。 ……  そんな魔法みたいなことをと寂しく笑うと、ガバッと僕を抱きしめてくれる人がいた。 「駿!」 「想、俺を呼んだよな?」 「どうして?」  駿の額に大粒の汗が浮かんでいるのを見て、園内を必死に探し回ってくれたのが伝わってきた。    勝手に動いた僕を怒ってもいいのに、駿は明るく笑っていた。 「それは魔法のおかげさ!」 「……駿、しゅーん、ありがとう」  どうしよう。  駿が好き過ぎてたまらないよ。  今すぐ駿にキスしたい。  駿が僕を見つけてくれたのが嬉しくて、そんな気分になってしまった。 「そろそろ日が暮れるな。向こうでパレードを見よう」 「あ、うん……」  移動中、八人のこびとのオブジェの前を通りかかった。 「駿、あそこに井戸があるよ」 「あぁ、あれは願いが叶う井戸なんだってさ」 「願いが叶う? あ、あの、駿、ここからもパレードは見える?」 「あぁ」 「じゃあ、ここで見たいな」 「いいけど……想がそんな風にハッキリ言うのは珍しいな」  日没と共に、煌びやかな夜のパレードが始まった。  みんな目の前のパレードに夢中だ。  今なら、今なら……思い切ったことをしても大丈夫かな? 「しゅーん」 「ん? どうした?」  僕は背伸びをして、駿の唇に、そっと自分の唇を重ねた。 「そ、想!」  駿は真っ赤、僕も真っ赤だ。 「ど、ど、どうした?」 「ええっと……あの、願いを込めたんだ」 「どんな?」 「もう迷子になりませんように。ずっと駿の傍にいられますようにって」 「想、それ、可愛すぎ。想からのキス最高だ。『迷子のキス』をありがとう」 「『迷子にならないキス』だよ」 「わかった、わかった!」 「しゅーん、続きは家でね」  僕たちは帰る場所が同じで、ずっと一緒にいられるから、出来る約束だ。
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