迷子のキス ~駿・視点~

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迷子のキス ~駿・視点~

どうしても駿視点も読みたくなって、書いてみました。 よろしかったら一緒にお楽しみ下さい💕 **** 「想、次は何に乗りたい?」 「……」 「想? 聞いている?」 「あぁ、ごめん。えっと駿の好きなもので……」 「……」    想の顔から笑顔を消え、辛そうな表情が見え隠れしているのに気付いた。  しまった!  俺、想と初めて『夢の国』にやってきて、朝から舞い上がり過ぎた。気候の良い5月を狙ってきたのに、よりによって今日は最高気温29度と夏日になってしまった。想はもう昔のように病弱ではないが、俺よりもずっと体力がないのを理解しているくせに……配慮に欠けていたな。  駿、ゆっくりゆっくり、焦らずだ。 「想、このベンチに座って休憩してくれ」 「ごめん、ありがとう」 「疲れた時は疲れたって、ちゃんと言うこと」 「あ……うん、あのね、僕……少し……疲れたみたいだ」 「よし! ちゃんと言えたな。俺、冷たい飲み物を買ってくるよ。勝手に歩いて迷子になるなよ」  そう言うと、想は苦笑していた。  まぁ……想もいい大人だ。それはないか。    つられて、俺も苦笑した。  ひとり向かったショップは長蛇の列。  これでは長時間、想を一人にさせてしまうな。  想はひとりぼっちが特に苦手だから、一刻も早く戻ってやりたい。  なかなか進まない列に並んでいるうちに、小学校に転校してきたばかりの想の姿を思い出した。 ……  やっと休み時間だ!  俺は校庭で遊ぼうと勢いよく立ち上がった。  すると、転校生の子が小さな声で何か言った。 「ん?」 「あ、あの……教科書……ありがとう」 「ん? そんなのあたりまえだよ」 「あ……たりまえ?」  素朴な疑問を投げかけると、転校生は真っ赤になってうつむいてしまった。  泣きそうだと思ったのは、気のせいか。  俺、なにか悪いこと聞いたかな? 「しゅーん、遊びに行こうぜ! 今日はサッカーしようぜ!」 「いいな」  友だちに誘われて一旦校庭に出た。  教室を見上げてみたが、カーテンがしまって中が見えない。  結局、転校生の潤んだ瞳が気になって、Uターンすることにした。 「ごめん! 今日は教室で過ごすよ」 「えー なんでだよ? 食い過ぎで腹が痛いのかぁ」 「腹じゃなくて、胸が痛い」 「え? 大丈夫か。休んでいろよ」  胸が痛いのは嘘じゃない。  さっきの転校生が気になって、ドキドキしている。  教室に戻ると、転校生は一人で座ったままだった。  誰の輪にも入らずに、ぽつんと……  背筋を正して、ぼんやりと空を見つめていた。  泣きそうな顔。  寂しそうな顔。  何かに怯えているような顔だ。  君の名前を呼んであげたい。  君と一緒に遊びたい。  君の笑顔を見たいよ。  君の名前は、白石想だろ? 「想! 一緒に遊ぼう」 「え! 今、なんていったの?」 「いきなり呼び捨てはまずいか」 「ううん、友だちみたいでうれしいよ」 「俺たち友だちになろう!」  想は黒目がちの瞳を一段と大きく見開いた。 「ともだち?」 「俺とじゃイヤか」  ブンブンと頭を横に振った。  いちいち、しぐさがかわいい。  それをきっかけに、想とぐっと仲良くなった。  翌日の休み時間。  サッカーをしに校庭に出る前に、教室に残る想に伝えた。 「想、ひとりで寂しい時は、いつでも俺を呼べよ」 「え……」 「呼んでくれたら、すぐにかけつけるから」 「あ……ありがとう」  想の瞳から、とうとう涙が一粒溢れ落ちた。  透明で、きれいな雫だと思った。 ……  混んでいる売り場は諦め、少し離れたジューススタンドで無事に飲み物を手に入れて、駆け足で想を座らせたベンチに戻った。 「あれ? どこに行った?」  想の姿が見えない。  ぐるりと360度見渡しても、見えない。  こんな時はすぐにスマホで連絡だな。  あ……ヤバイ! 想の鞄を俺が持ったままだった!  想はどこに行ったんだ?  まさか迷子に?  落ち着け! 焦らず深呼吸だ。  想のことなら、俺が一番よく知っているだろう。  きっと帰りが遅くて探しに出たんだ。俺が向かった方向にいなかったから、違う場所だと判断して移動したはずだ。すれ違わなかったということは、俺とは真逆の方向だな。  闇雲に探すのではなく、あてをつけて、走り出した。  後は想の声を捉えるんだ。  心の声は、きっと聞こえるさ。  想の心が発信するS.O.S!はどこから聞こえる?  俺には想センサーがついているんだ。  自分を信じて、想を信じて。  焦りと暑さから、額には大粒の汗が浮かんでいた。  ようやく想を見つけた時は、心の底から嬉しかった。 「駿、どうして怒らないの?」 「怒らないさ」 「勝手に動いて迷子になったのに……怒ってもいいシチュエーションだよ?」 「……嬉しくて」 「え、どういう意味?」 「ちゃんと想を見つけられて良かった!」 「駿……しゅーん」  想は今度は泣かなかった。  その代わりとびっきり可愛い顔で微笑んでくれた。 「駿、ありがとう」 「どういたしまして! 体調が戻ったならパレードを見て帰るか」 「うん、駿と一緒に見たいよ」  想の希望で『願いが叶う井戸』の前でパレードを見ることにした。 「想、立ちっぱなしで疲れないか」 「さっき休憩したし、冷たいお茶も駿が買ってくれたから大丈夫だよ」 「そうか」  皆、パレードに夢中になっている。  だから想の肩に手を回し、そっと俺にもたれさせた。  想はそれに気付くと、俺を見上げて甘く微笑んでくれた。  パレードのイルミネーションを受ける想の横顔は、とても綺麗だ。  あぁ、このままキスをしたい。  だが、こんな場所でするなんて、想はきっと望んでいない。  だから我慢だ。  我慢、我慢、我慢……  何回も心の中で『我慢』と唱えていると、突然想が俺と向き合って背伸びをした。 「えっ……」  チュッと想の唇の温もりを感じて、初めて想からのキスを受けたことに気付き、驚いた。 「想は大胆だ!」 「そうかな? 駿はしたくなかった?」 「したかった!」 「……願いを込めたんだ」  そこからは笑顔、笑顔、笑顔しか覚えていない。  余韻に浸りながら、その晩は大人しく眠った。  翌日は日曜日。  かなりゆっくり目覚めた想を、俺はすっぽりと抱きしめた。 「ん……」 「疲れは取れたか」 「大丈夫だよ。しゅーん、今から、あのキスの続きをする?」 「していいのか」 「僕はしたいな」  朝日に包まれ、キラキラな笑顔を振り撒く可愛い男は俺の恋人だ。  世界に叫びたい程、想への愛が膨らんでいる。 「しゅーん、でも、ちょっと待って。えっとね、落ち着いて、焦らずゆっくりだよ」 「お、おう! なんで分かった?」 「駿のことならなんでも分かるよ。僕には駿センサーがついたのかな?」 「ははっ、やった! これで心が迷子にならないで済むよ」 「うん!」  愛を重ねよう。  俺たちらしい愛を沢山繋げていこう。    
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