初恋 Sunshine 5

1/1
前へ
/177ページ
次へ

初恋 Sunshine 5

 小学校低学年の時、僕は東京から鵠沼に引っ越してきた。  あの日から海と共存する生活が始まった。 …… 「想の部屋はここだよ」 「わぁ、お父さん、窓から青い海が見えるよ」 「そうだ。ここならずっと海を見ていても、日焼けしないから大丈夫だ」 「……そうだね」 ……    沖縄での入院騒ぎが尾を引いて、お父さんから「もう海に連れて行けない」と宣言され落ち込んでいたので、窓を開けると海を駆け抜けた新鮮な潮風が届くマンションは、心の救いだった。  喘息の発作が起きると10日以上寝込んでしまう僕には、窓から見える景色だけが外の世界との接点だった。  僕の世界は止まったままだけれども、空と海は刻一刻と変わっていく。引いては返す波に、もどかしい気持ちも悔しい気持ちも全部持っていってもらった。  自分を卑下し責めてしまう心を、何度も洗い流してもらった。  だからアメリカにいる時もイギリスにいる時も、いつも僕はこの海が恋しかった。  そんな僕には、ずっと心残りがあった。  幼い頃、沖縄旅行で火傷レベルの日焼けで入院してから、海は遠くから見るだけのものになってしまったが……本当は僕だって皆と同じように夏休みに夏の海を満喫してみたかった。 『諦めるな、工夫すれば道は開ける』  そう教えてくれたのは、お父さん。  お父さんが銃撃戦に巻き込まれ砲弾を浴び車椅子生活になってしまったお父さんが、長く辛いリハビリを経て無事に立ち上がった姿は、大きな勇気を与えてくれた。  虚弱体質も喘息も、いつも行動を諦める理由にしてしまったが、今は違う。  どう工夫したら駿と一緒に体験できるか、生きていけるか。  僕の夢は果てしなく膨らんでいる。  くっきりとした色合いの青と白のパラソルは、僕の心を表しているようだ。 「駿、波打ち際まで行ってみない?」 「そうだな、だがちょっと待て。足や顔に日焼け止めを塗らないと」 「あっ日焼け止め、家に忘れちゃった。何か買ってくるよ」  慌てて立ち上がると、駿に手首を掴まれた。 「大丈夫だ、ほら」 「あ、これ……いつも僕が使っているのだ」  『赤ちゃんと敏感肌用の日焼け止め』  これは幼い頃からの愛用品だ。   「これじゃないと、かぶれちゃうだろう」 「あの……もしかしてお母さんに教えてもらったの?」 「そうだ。お母さんからな」 「ありがとう」    もしかしてお父さんとお母さんが近くに来てくれたのかも。  そんな気がした。    辺りを見渡しても気配はないが、僕はお父さんとお母さんの愛に今日も包まれていることを実感する。  お父さんとお母さんが僕を大切に育ててくれた。今度は僕が二人を大切にしたい。だから今度は一緒に……駿に僕の想いを提案してもいいかな?    考えていると駿の方から  「次はお父さんとお母さんも一緒にここに来よう!」 「え……いいの?」 「当たり前だ。俺にとってもお父さんとお母さんなんだから」 「しゅーん」  僕の心に寄り添ってくれる駿が大好きだ。  青と白のパラソルは僕らだけの海の家。  目の前には、夏の海だけが広がっている。  だから僕はそっと顔を近づけて、駿の唇をペロッと舐めてみた。 「そ、想!」 「ふふ、しょっぱいね。海水はどんな味かな?」 「想っ、煽るなぁ! 泳げなくなる」  駿は真っ赤になっていた。    
/177ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1778人が本棚に入れています
本棚に追加