泣きたいくらいに

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やがて悠里の目の前にスーツを着た男性がやってきた。 「こんにちは、悠里ちゃん」 「……こんにちは」 かろうじて挨拶ができた悠里だったが、そのまま何も言えなくなった。 ビシッとしたスーツ姿の彼は初めて見たけれど、悠里はその彼の顔を知っている。 制服であるポロシャツに、汗をかくので首にタオルをかけてビールを運んでくれる彼。いつも悠里に優しく笑いかけてくれる彼。 「こちら、安永さん。もしかしたら悠里もバイト中に会っているかもしれないけど……」 「驚かせてしまったかな?」 「お母さんの職場に飲料を届けてくれる業者の方でね、それで知り合ったの。……悠里、どうしたの?」 悠里の目からは大粒の涙がボタボタとこぼれ落ちテーブルを濡らす。 「……やっぱり会わない方がよかったかな?ごめんね、悠里ちゃん」 悠里の目の前でオロオロとしだす大人たちを見て悠里は慌てて涙を拭った。一向に止まる気がしない涙は次から次へとあふれ出てくる。 「……お母さんに恋人ができて嬉しい。そのお相手が安永さんでよかったと思って……嬉しくて泣いてるの」 嘘。 嘘。 ううん、少しは本当。 だけど嘘。 神様は意地悪だ。 こんな仕打ちを与えてくるから。 悲しくて悲しくて、だけどやっぱりほんの少しだけ嬉しくて。 よくわからない感情が失恋の痛みだとわかるのはしばらくしてからのこと。 「……お母さんのこと幸せにしないと恨むから」 悠里が苦し紛れに吐き捨てた言葉を安永は大切に拾い、そして柔らかく微笑む。 「お母さんのことも悠里ちゃんのことも、幸せにしてもいいかな?」 優しくされればされるほど悠里の胸には失恋の痛手がぐさりと刺さる。 好きだった。 初恋だった。 いつか想いを伝えたかった。 だけど目の前の二人は恋人同士で、知らなかったのは悠里だけで。いつも悠里に優しく接してくれたのも、恋人の娘だと知っていたからかもしれない。 そう考えると虚しくてたまらない。 苦しくてたまらない。 悠里の気持ちを知らない二人は見つめ合い、そして微笑み合う。 悠里の気持ちだけを置き去りにして……。 ああ、空はこんなに青く澄んでいるのに。 なぜこんなにも泣きたくなるのだろう。 苦しくてたまらないのだろう。 悠里はもうほとんど溶けてしまったクリームソーダを啜る。クリームと氷が溶けて薄まったソーダは悠里の心を現しているようで、まったく味がしなかった。 【END】
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