泣きたいくらいに

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*** 悠里は母親と二人暮らしだ。 母は十八歳で悠里を産んだ。いわゆる“できてしまった”から産んだだけで、相手の男は結婚すると言いながら行方を眩ませてしまったため未婚の母だ。 だからといって母が悠里を邪険にしたことは一度たりとてない。母の愛を一身に受けながら、悠里はまっすぐに育った。 父親がほしいなんて思ったことはない。不憫だと思ったこともない。 ただ、成長するに従って、母はそれでいいのかなとも感じるようになった。それは特に、悠里に好きな人ができてから芽生えた感情だ。 「ねえ、お母さんは結婚しないの?」 何の気なしに尋ねたことがある。 母は驚いたような困ったような顔をして、 「いつかできたらいいよねぇ」 と他人事のように笑っていた。 昼間はファミレスで、夜は居酒屋で働く母の姿を見て育った悠里は、高校生になってアルバイトを探すときにまっさきにファミレスを選んだ。 母の働く姿はかっこいい、自分もそうなりたいと思ったからだ。 初めてのアルバイトは苦難の連続で、覚えることもたくさんあるし失敗して怒られて、時にはお客さんにも文句を言われてめげそうにもなった。 そんな時に出会ったのが、ビールを配達している安永だ。初めての納品作業でテンパる悠里に、安永は怒るわけでもなく優しくレクチャーしてくれた。ほんの少し世間話もして笑い合って、その時間にどれほど救われたかわからない。 いつしか悠里は安永を見るだけで心がウキウキし、声を聞くだけで心臓がドキッと高鳴るようになった。 それが恋心だと気づいたのは最近のことだ。 安永は三十六歳。悠里よりも一回り以上年上だ。けれどそんなことは関係なく、悠里は日を追うごとに安永のことが好きで好きで堪らなくなっていた。 いつかこの気持ちを伝えたい。 そして受け入れてもらいたい。 安永に会えるかもしれないという期待がアルバイトを続ける理由になり、そして頑張れる原動力となっていた。
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