バレンタイン編

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バレンタイン編

 へえ、と思った。  有田真冬がバレンタインのチョコレートをくれなかった。そんなことは初めてだ。  中学一年の時のクラスで最初にできた友達、部活も同じ演劇部、それから三年近くの付き合いだが、体感的には十年くらい一緒にいるような気がしている。  真冬のいいところも悪いところも十個以上楽々挙げられるし、それもひっくるめて全部好きだし、なんなら簡単なプロフィールくらいなら自分のことのように空で言える。  そもそもバレンタインデーなんて全然興味がなかったのに、始めにプレゼントしてくれたのは真冬の方だった。そのお返しにホワイトデーにお菓子をあげた。二年生の時もそうだった。  二年続けば、今年もあるだろうと期待する。  そう、期待していたのだ。  みっともないと思ったから自分からは言わなかったけど、朝からずっと、いつ切り出されるのかと待っていた。  だけど授業が始まって、お昼休みになって、午後の授業を受けて、教室の掃除をして、引退した部活にちょっと顔を出して帰宅するまでの間、一緒に居たのに「バ」の字も「チョ」の字も出てこなかった。  そうなるとこっちも意地になって、別にただの平日だし、と思い込む。  なのに今、家に帰ってきて、結局悶々と思い悩んでいるのだった。  もしかしたら知らない間に自分は真冬の気に障ることをしたのだろうか、と。  美貴が思うに、真冬には驚くほど繊細なところがある。自他を問わずほんの少しの言葉の使い方や言い回しをいつまでも気に病んでいたりする。好きと嫌いが極端なくらいはっきりしている。一旦機嫌を損ねると、まるで口を利いてくれなくなる。  もしも嫌われていたらと思うと絶望的な気分になるので、その想像を追いやって、ここはやっぱり本人に確認してみよう、と思い立った。  ピンポーン。  電話を手にしたちょうどその時、家の玄関チャイムが鳴った。  あまりのタイミングに、心臓がばくばくする。  ピンポーン。 「なんだよもう」  ぶつぶつひとりごとを言いながら階段を降り、玄関のドアを開けると同じ中学の女の子が二人、立っていた。制服の上にコートを羽織っているので、学校からの帰り道のようだった。
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