バレンタイン編

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「谷山先輩、こんにちは」  クラスと名前はおぼろげだが顔は知っている。一年生の生徒で、文化祭の時の演劇部の芝居が気に入ったらしく、以前受け持ってもらったことのある国語の先生から紹介された二人だった。「谷山さんがかっこいいって、この子達ファンなのよ」と言われたが、その時もどう接してよいのか分からなかった。  今も、突然家に訪ねて来られて困惑していた。  と、同時に、へんな恰好をしてなくて良かった、とも思った。カーキ色のコットンのパンツに、柔らかい素材のオフホワイトのセーターを合わせていた。襟ぐりが深いため、細長いと罵られたこともある首が目立つが気にしない。ハイネックは苦しくて好きではないのだ。 「こんにちは。どうしたの」 「あの……」  二人はもじもじしながら、学校指定のスポーツバッグからおそるおそる取り出したものを差し出してきた。  金色のリボンのかかった黒のペーパーバッグと、薄いピンク色の包装紙に銀色のシールの貼られたものだった。二人からほぼ同時に差し出されたものは、どう見てもバレンタインデーのチョコレートだ。  このシチュエーションだ。どんな朴念仁だって分かる。 「今日は二月十四日なので」 「もしよかったら受け取って下さい」  わざわざ家にまで持ってきてくれたのに断るような非情なことはしたくなかった。  だけど、なんだろうこれは、と思う。もやもやする。 「ありがとう。もらってもいいの」 「はい、ぜひ!」  学年も部活も違うし、話したことが無い子たちだ。先生からファンだと言われた時にも消化できなかった。  私の、谷山美貴の、何を知っていて、好きだと言っているんだろう。 「どうしよう、上がっていく?」  まったくそんな気持ちは無かったけれど、口から出任せで部屋を勧めてみた。両親はでかけていて家には自分一人だ。 「いいえ、そんなそんな!」 「もう帰りますので!」  二十センチくらい自分より背の低い女の子が、ものすごい勢いで両手と首をぶんぶん振る様子が可愛くて、それはそれで楽しくなってしまった。 「そう、じゃあ、もう夕方だから気をつけて」  まだまだ冬の真っ只中だけど、だいぶ日が延びた。午後五時頃でもだいぶ明るい。世間は着実に春に向かっているらしい。
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