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「何かしたりしないから、そんなに警戒しないで、座りなよ」
家に入ると、セリカは籠を置き、ソファにふぅっと腰かけた。ダーシは体を堅くしたまま立っている。
「お前が俺に、魔法をかけたって? 」
「うん。私が出ていくのに気づかないように、昏睡魔法をかけておいた」
それであんな風になってたのか、とダーシは納得した。
「どうして…? 」
「それはもちろん、理由はわかるでしょ」
試すような口ぶり。こいつめ、とダーシは思った。
「…魔獣、か…? 」
セリカの表情が、ふっと緩んだ。
「このあたりの林には、魔獣たちにとっても薬になるような薬草が、たくさん生えているらしいの。私はある日、林のなかで役に立ちそうな植物を探していて、傷ついた魔獣に出会った。
大きなライオンみたいな魔獣で、目がギラギラと光っていて、脇腹から血を流していた。目があって、恐怖で立ちすくんだ。その時、その魔獣の記憶のようなものが、私の頭のなかに流れ込んできた。
ねぐらが、人間たちの森の開拓で荒らされてしまったのね。子どもがいる母獣だったから、住処を探しながら食料を探している途中で、ほかの魔獣と戦って怪我をしたみたいだった。
記憶がつながると、魔獣は少し気を許してくれたようだった。私は薬草での治療とあわせて、魔法で手当てをしてあげた。それからは傷ついた魔物たちがやってくるようになって、手当てをするようになったの。一度で治りきらない場合は、何度か通ってくる魔獣もいた」
「魔獣となにか関係あるとは思っていたが、そういうわけだったのか。魔獣がわの事情も、そうやって知っていったんだな」
セリカはうなずいた。
はじめにラエンと疑っていたのは、セリカが魔獣と組んでいるんじゃないか、ってことだった。
だが、むしろセリカが、魔獣たちの情報を持ってることで、魔獣と人間の共存が、実現しやすくなるんじゃないか?
「ダーシ、このことは、ラエンやユアク団長や、ほかの誰にも言わないでね」
「!?」
「絶対、言わないで」
「なんでだ? セリカが魔獣の情報を持ってることで、人間と魔獣の共存が実現しやすくなるじゃないか」
「人はすぐ、敵か味方か、仲間なのかそうでないのか、区別しようとしてする。まあそういう警戒心があるから、無事に生きていけるんだけど。私が魔獣と親しいと聞いたら、きっと信用してくれない人もいる」
確かに…。ダーシは頭を悩ませた。
セリカは聖女として召喚されたし、何より人間であることは間違いない。
だが、今の話を聞けば、セリカはどっちの味方というわけでもなく、そもそも味方とか仲間とか、言うことはできないようにも思える。
そうなるとセリカが、人間に害をなす魔獣を治癒したりしている、と聞いたら、やはりセリカを警戒する者もいないとは言い切れない。
そうだ実際、俺だってそうだったじゃないか…。
「ラエンやユアク団長にもか? 」
セリカは頷いた。
「たとえ2人が信用できるとしても、知っている人が多いほど、秘密は洩れやすくなる。ダーシには、秘密を持たせて悪いんだけど、面倒なことにしたくない。お願い」
ふたりの間に沈黙が流れた。
「…わかった。誰にも言わない、絶対に。ただちょっと、俺にも考えさせてくれ」
「絶対だよ」
セリカの念押しにダーシは力強くうなずいた。
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