聖女さまと夕食を

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聖女さまと夕食を

「ごめんなさい」  ソファに座る擦り傷だらけのふたりの騎士に、セリカが謝りながら手当をしていた。 「いえ、こちらこそ…」 「これが聖女の力か…」 「聖女って言わないで! 」 「はい、すみません…」  セリカはふう、とため息をついた。 「前の世界ではエネルギー…、いえ、こっちでは魔法と呼ぶのよね。魔法は一般的ではなくて、本当に特殊なごく僅かな人が使えるもので、夢物語にすぎないと信じる人ばかりだったの。でも、こっちでは、あって当たり前のものだと思われてるせいか、私の魔法もずいぶん威力が大きくなったみたいなのよ」 「はぁ…」 「それで、ちょっと制御できないところもあるの。さっきみたいに」 「そうか…。あと、さっき言ってたみたいに、前にいた世界でも仕事ばっかりで嫌になってたんだな。それが、こっちでも仕事をしたくないって理由か」 「ダーシ。言葉遣いに気をつけろ」 「いいの、いいの。私だって普通に話してるし。それに聖女って扱われたくないから」 「でも…」 「そのほうが話しやすいし。ラエンもそうしてよ」 「…わかりました」 「そろそろ、傷の様子はどう? 」  言われてみれば、ピリピリと傷んでいた傷が、ほとんど気にならなくなっていた。セリカが手をかざしていたところは温かく心地よかった。 「ああ、もう大丈夫です…、だ」  ラエンは敬語になったのに気がつき、急いで言い直した。 「ありがとう」 「俺のほうも、大分いい。ありがとな」 「ところで、ふたりとも今日はもう、ここに泊まっていく? 」 「えっ?! 」  突然の提案にふたりは目を丸くした。 「一体、なぜ? 」 「なぜ…って、もう外暗いよ。このへん、暗くなったら魔獣が出るよ」  確かに、窓の外を見るともう暗くなり始めている。今から外に出るのは危険だ。 「布団とかは十分あるわけじゃないから、ソファで寝てもらうことになるけど、今の季節なら大丈夫だと思うよ」  ふたりは再び顔を見合わせた。 「…お願いします」  数十分後、3人は一緒に料理をしていた。 「ラエン、その野菜ぜんぶ切ってね。ダーシ、焦げないように炒めて」 「セリカは何してるんだ? 」 「ナクリを炊いてるの」  フライパンで炒めた白い粒状のナクリに水を入れて、フタをして炊く。  ナクリは、この世界の主食にもなっている穀物で、米に似ている。煮たり炊いたり、粉にしてパンを作ったりもする。 「フライパンで? 」 「ひとりで暮らしてるから、調理器具はそんなにないの。鍋は今、ポトフを作るのに使ってるでしょ」 「そうだったな」  ダーシが鍋をかきまぜながら呟いた。 「食料はどうしてる? この野菜や肉はどうやって手に入れてる? 」 「野菜は外で育ててるし、近所の人から貰ったりする。肉もね。買いにいくにもお金はないし、市場は遠いし」 「王宮からの補助は? 」 「ここで暮らし始めてから、はじめの頃は食料とかお金も届けてくれたけど。なんせ仕事してないし、そのうちに誰も何も来なくなったわ」 「そうだったのか。この世界に呼んだのはこちらだったのに…」 「そんな扱いをしていたのに、俺たちは、聖女として仕事を頼みに来たのか…」 「気にしないで。何もしてもらわないほうが気が楽だから。野菜とかは前から自分で育ててみたかったし。家の修理や家具、調理器具なんかも、近所の人たちがくれたり、手伝ったりしてくれたから」 「近所って? あまり人家は見当たらなかったが」 「まあね。お隣さんって言っても、歩いて15分くらいはかかるかな」  ふたりは、またまた顔を見合わせた。 「さあ、できたできた。食べよう。といってもナクリとポトフだけ、なんだけどね」  セリカは棚にある食器を探った。 「おまけに食器も一人分しかないから…。あるものだけで、なんとかするしかないね」  スープカップのほかにマグカップやサラダボウル、平皿や小皿も重ねて取り出した。 「あっ…! 」  重ねた食器がバランスを崩した。 「あぶねっ! 」  とっさにダーシが手を伸ばし、セリカの手ごと食器をささえた。 「…危なかった…」 「あ、あ、ありがとう…」 (ああ…驚いた。男の人の手って大きいんだなあ)  セリカはひとりでこっそりドギマギしてしまった。 「ポトフは鍋ごとテーブルに持っていこう。鍋つかみがあるから…」  セリカが鍋に手をかけると、今度はラエンがさっと鍋を持ちあげた。 「俺が運ぶよ」 「ありがと…」  ポトフはサラダボウルやマグカップに、ナクリは平皿や小皿によそったりして、なんとか皆で食べられるようにした。 「ふたりとも、料理は手慣れてるのね」 「騎士団だからな。野営や宿直などで、食事の支度をすることもある」 「ダーシはこう見えて、けっこう料理には凝るんだよ」 「こう見えてって何だ」 「褒めてるんだよ。ダーシが当番のときは、みんな楽しみにしてる」 「ああ、なんか、そんな感じ」  セリカはくすっと笑った。
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