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そちらの事情
なんとか食事が終わり、後片づけも済むと、今度は寝る準備。
「布団、これが、ありったけだから」
「ありがとう。ソファをくっつけて、なるべく近寄って寝るよ」
「暖炉の火を、一応つけておくね」
今は春先ではあるが、夜になると冷えることもある。
「あの…、セリカ。悪かった。王宮は君に何の援助もしてないのに、こうして君に助けを求めにきてしまった」
ラエンが申し訳なさそうに言うと、セリカも、ふむ、と首をかしげた。
「それなのよね。もう何か月も放っておいたのに、なぜ今になって来たの? 」
「実は最近、いろいろあった問題が、さらに深刻化してるんだ。王宮を中心に流行っていた流行り病は、セリカのおかげで対策方法がわかった。それ以外は、国内では魔獣の被害が増えてきているし、隣国との関係も思わしくない。それで私たちが、君のところへ遣わされたんだ」
「ふーん。魔獣の被害って、どのくらいひどいの? 」
「多さでいうと、1、2年前の倍くらいになってる。村や街を行き来する行商人や旅人たちが、森を抜ける時などに襲われることは以前からあったが、最近は特に多い」
「片田舎の小さな村などが襲われることも増えてきている。結界を張ったり警護するのが間に合わない状況だ」
「ふーん…。どのあたりに、どのくらいの被害があるか、地図に描ける? 紙を持ってくるから」
「あ? ああ。地図なら、ここに来るまでに見てきたものがあるから、これに…」
ラエンが荷物から地図を取りだし、机の上に広げた。ペンで、魔獣被害があったところを、次々と描きこんでいく。
「この森を抜ける道は最近、特に被害が多い。この村と、この村も…」
3人で地図をのぞきこんだ。
「森を抜ける道はいくつかあるけど、こっちや、この道は、被害はないの? 」
「ああ。被害がほとんどないのは、昔からある古い道で、曲がりくねっているし道幅が狭くなっているところもある」
「襲うなら、曲がりくねったり狭い道幅のほうが良くない? 」
「え…」
「確かに…。でも、開けた道のほうが足場が確保しやすいし、戦いやすいのかもしれないぞ」
「魔獣がそこまで考える? むしろ本能的に身を隠したいと思うかも」
「…」
「逆に、被害が多い道は、比較的まっすぐで、道幅も広いみたい」
「ああ、数十年前から最近にかけて、新しく作られた道だからね。交通の便を良くするための国の方針で」
「村は? 最近、家が増えたり、新しく村や町が作られたところはある? 」
「最近、人口が増えてきているから、木を切って住宅地や農地を広げたり、その木で家を建てたりしてるところは多い」
「そうだな。この村も、数年前まではこのくらいの範囲だったし、このあたりの農地も、ここら一帯ごっそり面積が増えている」
「ふーん…。だとすると、魔獣が襲ってくるのも無理ないかもね」
ラエンとダーシははっと驚いた
「なぜだ? 」
「人間が、魔獣たちの領域に入りこんでいるから。この国では、森や洞窟、地下は魔獣たちの住処でしょう? 」
「ああ、そうだ…」
「被害が多いまっすぐな道は、森のなかを突っ切るようにして、村と村をつないでる。人間に都合のいいように作られた道って感じ。被害がほとんどない道は、森の輪郭をなぞるように、地形に沿って走ってる」
「…確かに」
「魔獣の住処である森に道を作る時、魔獣たちに、いいかどうか聞いたわけじゃないでしょう」
「まあ、そんなことは、しないな…」
「植物は種類によって生えるところも違って、自然に地形にあわせて領域を作ってる。森の木々は、人間と魔獣それぞれの領域の境界、いわば自然の結界のようなもの。人間はその結界を切り倒し、壊してる」
ラエンとダーシは思いがけないセリカの言葉に、なんとも言えなかった。
「だが、俺たちは、生きるために…」
「それは、魔獣たちも同じでしょう。自分たちが今までずっと暮らしてきた森の真ん中を、いきなり木を切り倒され、人間たちが我が物顔でズカズカ通られちゃ、いい気はしないよね」
「…」
「じゃあ、どうすればいい…? 」
「それは…、あなたたちが、どうしたいか、じゃないのかな…」
「…」
話はこれで終わり、という感じに沈黙が流れた。
「ま、今日はもう遅いし、もう寝よう! おやすみ~」
セリカはそう言って、自分の寝室がある二階へ上がっていった。
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