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司祭宮の文書館
「聖女様ですね。ティエザ様から聞いております」
セリカは、ティエザの口利きで、王宮と渡り廊下でつながっている司祭宮の建物の一角にある文書館へ来ていた。
文書館へ入るには、受付で身分証を提示する必要がある。
セリカは前もって、ティエザから渡されていたそれを見せた。
「こちらに、入館する時刻を、出るときには退出時刻を、ご記入ください」
記入表の横に置いてある時計を見て時刻を書いてから、セリカは文書館のなかへ入った。
目の前は、開けたホールのようになっていて、ソファ椅子がいくつか置いてある。その両側には本棚がずらっと並んでいて、しかも2階まであるらしい。
窓際にはカウンターのように机が設えてあり、椅子が定間隔で置いてある。閲覧スペースのようだ。
「本棚の奥には、広いテーブルがある学習スペースもございます」
受付の人がセリカのうしろから話しかけたので、思わずセリカの肩がビクッとなった。
「あ、ありがとうございます…」
「本の種類などは、棚に表記があるので、お分かりになると思います。ではごゆっくり」
抑揚のない声でそう言うと、受付へ戻っていった。
ローイ様もそうだけど、司祭関係の人って、みんなあんな感じなのかな。感情がわからない、っていうか…。
セリカはそんなことを思いながら、さっそく本棚を見てまわった。
文書館には、数名の司祭の見習いのような人たちがいた。
ティエザ様から聞いた話によると、司祭にはランクがあって、見習いや下級司祭の人たちは、まだ勉強が必要ということで、実際の仕事をしながら勉強もして、試験を受けたりするらしい。
セリカは魔獣や、魔獣を封印した魔法に関する本を探すことにした。
見慣れない女性が図書館にいるので、司祭たちは時々視線を向けたが、さほど気にする様子は見せなかった。
セリカは目ぼしい本を数冊見つけては、閲覧スペースに座って、片っ端から読んでいった。
聖女としての日課をこなしながら、ティエザとの勉強のない日に、文書館に通っては、本を探した。
(ああ、疲れた。もう、めんどくさいなあ)
セリカは思った。
文書館へ行って本を見繕っても、閲覧スペースにただ座り、窓の外をぼーっと眺めていることもあった。
(あーあ、こんなはずじゃなかったのに…)
異世界に来たからには、前の世界のときのように働いてばかりじゃなく、自分勝手でいいから、自分の好きなように生きるつもりだったのに…。
はあ、と大きなため息が出た。
まあ、これももう少し。あの本さえ見つかれば…。
気を取り直したところで、コーン…、と鐘の音が響いた。
文書館の終了時刻だ。
終了時刻には、受付係が鐘を鳴らして歩くことになっている。
セリカは急いで、持ってきた本を棚に戻しにいった。
(ああ、この本どこだっけ)
「お手伝いしましょうか? 」
不意に声を掛けられ振り向くと、ひょろっとした年若い男の人がいた。
「お急ぎでしょう」
その人は、セリカが持っている本を2,3冊、ひょいと持ち上げると、棚に返しにいってくれた。
セリカも残りの本を返しおわり、出入り口に行くと、ちょうどその人もやってきたので、一緒に文書館を出た。
「あの、ありがとうございました」
「いえ、ずいぶん沢山、本をお読みになってるんですね」
「ええ、まあ…」
見ると、薄い水色がかった膝まで丈のある上衣を着ている。
これは、見習いから司祭になった、最下級の者が着る服だった。
「魔獣や魔法の歴史などの本がお好きなんですね」
「はあ…、そうですね…」
「聖女さまが、元々いらっしゃった世界には、魔獣はいなかったそうですね」
なんだかやたらと話しかけてくる。話し好きなのかな、とセリカは思った。
「はい…、そうなんです」
言葉少なに返事をするセリカに、その人は歩みをとめて、向き直った。
「名乗りもせずに、失礼いたしました。私は、三位司祭のシュキと申します」
急にかしこまった相手に、セリカも挨拶を返した。
「…セリカです。どうも…。あの、さっきは手伝ってくれて、ありがとう…」
「いえ、お安い御用です。では、また」
シュキと名乗ったその人は、もう一度お辞儀をしてから去っていった。
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