エピローグ

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   子どもたちは、ダーシが馬をつなぐと、どこかへ遊びに走っていった。 「座るか? 」  ダーシが聞くと、セリカは首を振った。 「大丈夫。ちょっと歩こう。最近、調子が良くなってきたから、歩きたいんだ」  ふたりはゆっくりと歩きだした。 「ローイ司祭長の様子は? 」  セリカと同じように、ローイもあれからずっと眠りつづけていた。  そして、これもまた同じように、目覚めたときにはその力を失っていた。おまけに、ほとんどの記憶も。 「セリカ殿の、力はいらない、という想いが、意識がつながっていたローイ司祭長にも影響したのでしょう」  と、ユアク団長は言っていた。 「でも、記憶まで、なんて…」   セリカが呟くと、ダーシが言った。 「先祖がやったこととか、いろいろと忘れたいものがあったのは、ローイ自身だったんじゃないか、って、団長は言ってた。特にあの封印された魔法は、奴にとって重かったんだろうな」  司祭の家に生まれ、司祭長としての責任を背負わねばならなかったけれど、今はその重荷から解放されて、ローイ自身の人生を歩むことになった。 「田舎の、司祭本家に縁のある修道院で、体の方も少しずつ回復してきてるってさ」 「そっかあ。ローイ司祭長の力、戻ったりするのかな」 「さあな。もし本人が望めば、そういうこともあるかもな。…セリカは、どうなんだ? 」 「え? 何が? 」 「お前の力、戻ったりするのかなってことだよ」 「捨てろって言ったのはダーシじゃん」 「そうだけどよ、お前は本当は、どうだったのかなって…」 「…うーん、どうだろう? 」 「なんだよ。自分の気持ちもわかんないのか? 」 「力があって、私すごいな、って思ったことも確かにあった。でも、力をなくしてみたら、なんか軽くなったっていうか、肩の荷がおりたっていうか…」 「…軽くなったんなら、良かったんじゃねえか」 「でもさ、もう聖女じゃない、何の力もない私で、ただ生きてるだけでいいのかな、って思うこともある…」 「いいんじゃねえか? それで。人間なんて、ただ生きてる、それだけでいいんじゃねえか? 」 「…」 「それに、ただ生きてるだけ、って言ったって、こうやって話したり、歩いたり、それだけで実は、すごいことなんじゃねえのかな… 」 「…なんか、ダーシ。すごそうなこと言ってる…」 「いや、実際すごいこと言ってるぞ、俺は、うん。それに、お前が何の力も持ってなくたって、俺は…」 「俺は…? 」  ダーシは急に口ごもった。 「いや、あれだよ。お前に力なんか捨てろ、って言ったのは俺だからな。だから俺は、その、力がないお前がいたって、全然かまわない、ってことだよ」  セリカも、ダーシのあの言葉のおかげで力を捨てることができた、と思っている。 「…うん、ありがと。ダーシ」 「まあ、今こうやって、ほとんどの力をなくしちゃったわけだし、それでも魔獣であるロンとの関係は変わらないし…。だから、これが、この状態が、私の気持ちなんじゃないかなって思ってるよ」 「そうか…。あの、食べられるかどうかを見分ける力は、ちょっと惜しかったけどな」 「ああ、あれは、私が体をはって習得した力だから、今でも少しはわかるよ。あと…」 「あと…? あとってなんだよ、まだあるのか? あ、実はお前、本当は力が戻ってるんじゃないのか? そういえばさっき、ほとんどの力はなくなった、って言ってたよな。ということは…」 「いやいや、本当に力はなくなったよ。でもたまにね、その食べ物を見分けるのとか、あと…」 「だから、あと、なんだよ」 「…いや、別に…」 「なんだよ、教えろ。教えないと、ユアク団長からの土産を渡さねーぞ」 「あっ、またチョコレート? シヴィルの家族の人たちと一緒に食べたら、みんな美味しいって喜んでたよ」 「そうだろう。だからチョコが欲しかったら言え」 「まあまあ、いいじゃん。ダーシにもチョコひとつあげるから」 「俺がもらうのは当然なんだよ」 「へー、そう。ダーシ、チョコとか甘いもの好きだもんね」 「セリカのほうこそ、甘いものばっかり食ってるじゃねーか」 「そうだよ。だって…、好きだもん」  あっさり認めたセリカに、ダーシはちょっと調子が狂った。 「…そうだな。オレも…、好きだな…」  急にすんなり認めたダーシに、セリカもちょっと拍子抜けして、顔を見上げたところでふたりの目が合った。 「…え? 」 「えっ? 」  ふたりとも、なんだか急にいたたまれなくなって、急いで目をそらした。  ダーシが取り繕うように、声を出した。 「あー! そうだそうだ、チョコ! ほかにも色々土産があるから、もうシヴィルんち行こうぜ」 「そ、そうだね」  少し疲れてきたのか、歩みが遅くなってきたセリカに、ダーシが手を差しだした。 「ほら」 「…」 「いいから、ほら! 」  ダーシがぐいっとセリカの手を引っ張った。 「ありがと…」  小声で言いながら、セリカは思った。  残っている力というのは、なぜかダーシがセリカのところに来るとき、そのことを風が教えてくれるように感じられるというものなんだけど…。  これが力なのか、あるいはもしかして、別のものなのかもしれない、と。 °˖✧ ✧˖° °˖✧ ✧˖° °˖° °˖✧ ✧˖°˖✧ ✧˖°✧ ✧˖°  °˖✧ ✧˖°  思ったよりも、かなり長い話になってしまいました。  最後まで読んでくださった方々、ありがとうございました!!m(__)m
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