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セリカの事情
(まったく、本当にこいつは聖女か? 今まで話に聞いてきた聖女とは、全然違うじゃねーか)
一緒に生活していくうちに、ダーシは何度もそう感じた。
この国の歴史上、何回か聖女を召喚してきたことがある。聖女の力はなんといっても“癒し”。戦いに傷ついた騎士たちの傷を治し、心を癒し、国と民のために祈りを捧げる…。
(だがむしろ、こいつのほうが癒されてる…)
朝は気まぐれに寝坊できるし、畑仕事や料理もそれなりに好きで楽しんでる。ほぼ毎日の昼寝は、こいつにとって至福の喜びのようだ。おまけに今は、ほとんど俺が食事を作っている。
「おい、今日の夕飯は、お前が作ってくれよ。たまには、いいだろ…」
と、話しかけたのに、セリカはすでにお昼寝中だった。日がポカポカあたる窓際近くで、布団にくるまってスヤスヤ寝ている。
「起きたら、言ってやるからな」
ダーシは思った。
それにしてもセリカが魔獣と何かあるというのは、気のせいだったのか? ここ数日、魔獣の気配はないし、セリカに変わった様子もない。でも、これからかもしれないし…。
「はっ! 」
昼寝をしていたセリカが、突然ガバッとはね起きた。
「今、何時!? 行かなきゃ…、仕事が…」
起きあがって、うろうろし始めた。
「おい…」
様子が変だ。寝ぼけてるのか。
「おい、起きろ! 」
ダーシはセリカの腕をつかんで、大きな声を出した。
セリカははっとしてダーシを見た。
「あ…」
「セリカ、大丈夫だ。仕事はない、何もないから」
「あ、そうか…。そうだった」
セリカは目が覚めたようで、そう呟き、ふーっと息をついた。
それで結局、今日も俺が夕飯を作ることになった。だって、あんな様子見たら言えないだろう。あのあともソファに座りこんで、しばらくぼーっとしてたし。
「おい、メシできたぞ」
「ああ、ありがと」
「肉があったから、焼いてみた」
「うん、おいしそう」
セリカのちょっと元気がない様子に調子が狂う。
「なあ、お前さ…、そんなに大変だったのか? その…前の世界の仕事って」
「ん? ああ、まあそれなりにね。毎日、残業は当たり前だし、仕事を持ち帰ったり、休日に出勤することもあった。休みをとりたくても、とれるような雰囲気じゃなかったし」
「休めなかったのか? 」
「休日はあったけど、疲れはとれなかった。周りも皆そうだし、それがあたり前みたいになってた」
セリカの、食事をとる手は止まっていた。
「いつも何かに追いかけられてるような、いつも何かすることがあるような気がして。夜寝ていても、さっきみたいに、時間が気になって何度も目を覚ましたりした。毎日、会社に行かなきゃって思うと、胸やお腹のあたりがざわざわして落ち着かなく…。そういうのを会社の先輩に話したら、エネルギーワークのことを教えてくれたから、習ったりしてみた」
いつのまにかダーシも、食事の手を止めていた
「こんなに働いてるのに、こんなに頑張ってるのに、なのに、私は要らない人間なんじゃないか、って感じたりした。苦しくなって、これはもう仕事辞めよう、って思った。明日、辞めよう。明日こそ辞めよう、って思ってるうちに…」
ダーシは黙ったまま聞いていた。
「いつもの通勤電車に乗ってる時、満員の列車が、急ブレーキでがくんと傾いて、皆が悲鳴とともに重なって、押しつぶされて、ものすごく苦しくて…。何が起こったのかわからなった」
「…」
「気がついたら、この世界にいた。訳がわからなかったけど、その時周りにいた人たちが、私を見て喜んでくれてたから、私が必要とされる世界に来たのかな、って思ったんだけど…」
そこで、セリカの言葉が途切れた。
「…必要とされてたから、この世界に来たんだろう」
ダーシの言葉に、セリカは口元をゆがめた。
「必要なのは、私の持ってる力で、私じゃない」
「同じことじゃないか」
「…同じじゃない」
セリカは席を立った。
「…ごめん。今日はもう、寝る」
そう言うと、自分の部屋へ戻っていった。
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