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「あなたはすぐに山を下りた方がいいよ。わたしたち、いつも観光客を見てるからわかるんだー」
女の子は柔らかい口調だけど、きっぱりと断言した。
私もそう思うけど、シモンは気持ちがおさまらないらしい。
「お嬢さん、僕たち観光じゃない。仕事でここまでやってきたんだよ。イエラ村まで行かなきゃ。ちょっと頭が痛いくらいで引き返すわけにはいかない」
「でもこのままだとあなた死ぬから。足取りがおぼつかない、顔色が悪い。わたしはイエラ村で歩荷をやってるミレイアと言うんだけど、あなたは村に連れて行くわけにはいかない。ふもとの村まで下りさえしたら体調は元に戻るはずだよ」
歩荷は山での荷運びの専門家だから、ミレイアは見かけほど子どもではないのだろう。
シモンは死ぬとまで言われてさすがにぎょっとしたようだ。
戸惑ったようにこちらを見るから、私も頷いた。
「ミレイアさんの言うように、ひどい山酔いになってしまうと命を落とすこともあるの。魔法や薬で痛みは和らげられても、山から下りるまで治ることはないんだよ。だからシモン、今回はふもとで待っててくれないかな」
本当は新聞社に帰ってもらうべきだけれど、人当たりがよくて世渡り上手で剣の心得もあるシモンがいたからここまで無事に来られたのだ。
国境に近い土地をひとりで旅する度胸はない。
シモンは諦めきれない様子を見せたが、身体は限界だったのだろう。
こちらを何度も振り返りながら山道を下りて行った。
「どうもありがとう、ミレイアさん。シモンはあれで頑固だからどうしようかと思ってたの。私の名はクロエ。ヴェルダ新聞社の記者で、イエラ村を取材するためにやってきました」
私の挨拶を聞いて、ミレイアはほんわかと笑った。
「ねえ、クロエさん。わたしのことはミレイアって呼んで!わたしもクロエって呼ぶよ。実はここらを治めてる領主さまから記者さんたちを村に案内してあげてくれって頼まれてるんだー。村には宿屋はないから、よかったらうちに泊まるといいよ。何のおもてなしもできないけどねー」
これから案内人と宿屋を探すという大仕事がいっぺんに片づいたことは、人見知りの私にとっては願ってもない幸運だ。
けれども、ただの記者の訪問や滞在先を領主さまが気にしてくださるなんて、思いもしなかった。
都の新聞に載るかもしれないということは、ちょっとした催し物なのかもしれない。
「あの、ミレイア……おうちの方に聞かずに決めちゃっていいのかな?迷惑じゃない?」
「大丈夫、と言うかたぶんね、わたしはクロエよりだいぶ年上だと思うよ」
驚きの告白。
私は二十五歳で、ミレイアは十五歳以上には見えない。
童顔にもほどがある。
「ホルヘもそんなこと気にする人じゃないから、遠慮しないでねー」
「あのう、ホルヘって?」
「わたしのだんなさん!今はおうちで惰眠をむさぼってると思うよ」
何と言ったらいいのだろう。
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