act.2 魂の回帰

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 NYでそれなりに名の知られた画家となった俺の父親、エルス・モルダー。  その彼がアメリカ合衆国アリゾナ州北東部とユタ州南東部、ニューメキシコ州北西部の三つの州に跨がって位置するナバホ準自治領(リザベーション)の実家に、いきなり生まれたばかりの『タクミ』という男の赤ん坊を連れて帰郷したところから話は始まった。    エルス父さんは一族の中でも昔からその神秘の朱い瞳も相まって、不思議な霊力と絵の才能に溢れていた人だったという。幼い頃から絵画に於ける芸術的なセンスは卓越した物があったと。  その為に国の政策である少数民族文化育成保護プログラムの一貫であったNYのエッセル・ハイスクールに召還された経緯はアレックスとほぼ同じ。  在学中の華やかな賞歴も有りながらも卒業後エルスは大学部には進学せず、そのまま在野の画家となった。  それは貧しかった実家を助ける為に、早く何の制約も無いプロの画家に成りたかった事情があったという。  エルス・モルダーはその頃、知る人ぞ知る特殊な画力を持った画家として有名になっていた。  魔を振り払うという強烈な霊力のこもった絵画を望む金持ちが多かったのか、父さんの絵は常に大人気だったと言う。  だが、エルス父さんの絵の価値が上がれば上がるほど、反対にその筆の速度はどんどん鈍って行った。最後の頃には一年に一枚も描けない事も。 「俺の親父は、エルスはスランプというよりも肉体的に描くのが辛くなってきたんだと思うと言っていた。魔除けの意味合いの強い叔父の絵は、自分を削って描くようなシャーマニックな画風だったと言うからな」  アレックスの父親はエルス父さんを心配して、何度も画家を辞めて実家に帰って来いと言った。  貧しい実家に、絵を売った金を一生懸命に送り続ける弟を誰よりも心配していたのだと。 「親父は金はもう良いからナバホに帰って来いと毎日のように電話をしていたそうだ。どうしても嫌な予感しかしなかったと」  そしてある日、不意に一週間程エルス父さんとの音信が途絶えた。  心配したアレックスの父親がNYに彼を訪ねようと準備していた矢先に、エルス父さんはいきなり実家に帰って来たという。  雪の降る寒い朝に自分にそっくりな朱い眼の赤ん坊を大事そうに抱えて、満面の笑みで玄関先に立っていたのだ。 「それがタクミだ。その時の様子を親父も爺さまもそれは嬉しそうに語ってくれたぞ。エルス叔父はもう一度自分の命を見つけたと言って、お前を誇らしげに見せてくれたそうだ」  エルス父さん… 「それからもずっと俺達の一族はみんな同じ家で暮らして、叔父はあの狼の絵を最後に絵を描くのを一切止めた。命を削る画家を辞めてうちの親父の営む工房と土産物屋で一緒に働いて、貧しいけれど賑やかで温かな良い家族だったと思う」  それはいつかアレックスに見せてもらったあの写真か。一族の人々に見守られて成長した俺の誕生日の… 「あの時が来るまでな」  アレックスが静かに目を伏せる。  
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