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それは一瞬の事だったという。
ウインド・ロックの町外れでエルス父さんの運転する車が信号待ちで停車をしていた時。そこにいきなり真正面からガソリン運搬の大型タンクローリー車が突っ込んで来た。
それは数台を巻き込む大事故となり、漏れ零れたガソリンに火が引火し大爆発を巻き起こしたのだ。
その交差点を中心に100m四方の建物が被害を受け、死傷者も出た大事故だった。
タンクローリーの運転手は 、薬物中毒の前科がある白人の男だったという。
大爆発に巻き込まれたエルス父さんの遺体は何も残さずに四散し、唯一見つけられたのはたったひとつだけ、裏面に俺の名前が刻まれた銀の指輪だけだったという。
「そんな…」
美音が俺の腕をギュッと握った。大きな瞳から涙が零れ落ちている。
「大丈夫だ美音」
その手を俺も握る。涙も拭ってやった。
大丈夫、もうエルス父さんは何も苦しくないんだから。
「それまで行方が分からなくなっていた、天才画家と呼ばれていた叔父の訃報が新聞に載ったとたんに我が家は対応に追われた。叔父の死後わずか二日後の事だ。葬儀準備やら色々重なって大人たちが大騒ぎになってる最中に、俺と庭で遊んでいた筈のタクミがいきなり何者かに連れ去られた」
その時の事をアレックスはぼんやりと覚えているという。知らない女がいきなり眼の前に現れ俺を抱き上げた、そしてその周りには数人の男達が。
「火が付いたように泣き叫ぶ俺とタクミの声を聞いたうちの親父が外に出ると、タクミは見知らぬ連中の車に無理やり押し込められている所だった」
俺の母親がやったと言う誘拐拉致事件か…
「その一味の中心と思われる女が、自分はタクミの母親で日本人だと名乗ったんだ。当然うちの親父は追い掛けた。その時タクミは父親といつも面倒を見ていた爺様と、兄弟同然だった俺を呼んで泣いていたと聞いた”ánaai”って」
知ってる…その言葉は、ナバホ語で兄を表す言葉だ。
「すまないタクミ、俺はあの時何も出来なかったんだ。俺はお前よりも8ヶ月も先に生まれていた兄だった、俺はお前が怖くて泣いていたというのに何も…!」
胡座をかいた体勢のまま深く俯いたアレックスの語尾が震えていた。きっとアレックスはこの話を親から繰り返し繰り返し、何度も聞かされていたんだろう。
だからずっと後悔して、成長してからも手あたり次第に日本人に声を掛けて俺を探し回って…ずっと…
「バカだな、アレックス」
俺は俯くアレックスの頭を抱え込んだ。
「本人ですら記憶が無いようなガキの頃の話だ。お前が気に病む必要なんて無かったんだ。その気持ちだけで十分だ、ありがとう」
当時のチビの自分とアレックスと。何か出来る筈など決して無い。ましてや俺を攫った本人は実の母親だ、最後には法的にすら何も出来なかったんだから。
それでも想い続けてくれた、アレクサンドロという俺のもう一人の兄弟。
「ありがとうな兄貴」
本当に、又逢えてよかった。
あの時にアレックスの家族は、エルス父さんと幼いタクミ、二人を一度に失くしたようなものだったろうから。
アパッチ族の俳優リック・モラさんと息子さん。
古い写真ですがとても素敵な1枚ですね。
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