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「そして俺の方は、血縁である母親に無理やり日本に連れて来られたわけだ」
アレックスの言葉を続けるように俺も話し始める。
当然記憶は殆ど無いが、朱い瞳を持つ俺を疫病神のように扱ってくれた例のジジィの嫌な視線だけはよく覚えている。
「連れて来られたど田舎の山奥で、いきなり多頭飼いの犬の群れの中に放り込まれたんだ。俺はその飼い犬達が面倒を見てくれなきゃ、きっとそこで死んでいたな」
「なんだそれは!?俺達からタクミを奪っておいて、その大事な幼子を飼い犬の群れに放り込むって!?」
う〜ん、ありのまま伝えるとアレックスが今からでも俺の生みの親を襲撃に行きそうだが。
「まぁ、母親の頭がお花畑だったんだろうな。大事な孫なんだから自分の父親は必ず俺の面倒を見てくれる筈だと。相手が中途半端にボケてた老人だって事に気がついてなかったって事らしい」
うちの父ちゃんがそう言っていた。
「そのジジイは俺のこの朱い瞳をただ気味悪がっていた、まぁそんなもんだろ」
「幼子にそんな仕打ちを…殺されかけたと同じだ」
アレックスが怒りに震えているのが分かった。
まぁボケて無かったとしても、神社の神主だったというあのジジィにとって朱い眼の俺は、娘の産んだ化け物だったと言うことだ。
「それから俺は物心付いた頃にはその半野良の飼い犬達と一緒に生きていた。田舎の野山を駆け巡って、夜はその犬達と身体を寄せ合って温もりをもらって護られて。今は俺の守護聖獣がちゃんとその飼い犬達に俺を護らせていたんだと思うよ、エルス父さんと一緒にさ」
それはきっとアレックスの四才の儀式と同じだ。結局、それと同じような事を毎日やっていた自分だった。
けどその中で、俺はいつも自分が何かに護られていることを本能的に知っていた。
「その状態で数年を過ごして、色々あってうちの父ちゃんにこの家に引き取られた。そして俺はやっと獣から人間に戻れたんだ、それはこの家の家族のお陰だ」
そして今も俺の手をしっかりと握っているこの美音に出逢えた。
「父ちゃんの正式な養子にしてもらったのは15才の時だ。それまでもそれからも、俺はこの家の次男の出雲拓海だ」
俺はそれ以外の人間になりたいとは思わない。
「けど、幼い俺を愛してくれたエルス父さんやアレックスの親父さんやじいちゃん、その家族の人達。そしてわざわざここに来てくれたアレックスも一族の人達にはすごく感謝している。決して忘れない…今、俺がここにこうしていられるのは、幼い俺を護り育ててくれた一族みんなのお陰なんだ。全てはそこから始まっている」
アレックスが大きく頷いてくれた。
「タクミ、これを」
懐からアレックスが取り出した物は、小さな皮の布に大事そうに包まれた銀の指輪だった。
これ…?
「さっきの話にあったエルス叔父さんの形見だ、エルスが若い頃に自分で作った指輪に後からタクミの名を刻んでいた。これを爺様に預かってきたんだ、タクミがどうしたいか聞いてこいと」
反射的に差し伸べた手のひらにその指輪が載せられた。
なんだろう、これ…暖かい。綺麗に磨かれた指輪の内側には、確かにTAKUMIの文字も見える。
本能的に、間違いなくエルス父さんの物なんだという事が分かる。
「俺が持ちたい」
口に出たのはそんな素直な言葉だった。
「うん、分かった。それでは俺はタクミに頼み事がある」
「頼み?」
「写真を撮らせてくれ、日本でお前が成人の儀式を行うと聞いた。その指輪を身に着けた成人の姿をアメリカの家族…特に爺様に見せたいんだ」
アメリカの家族に。
「実は爺様がここの所全く元気が無くて寝たきりだ。可愛がっていたタクミがエルス叔父さんの指輪を身に着けて、立派な大人になった姿を見せてやりたい」
「じいちゃんが?」
そんな事いくらだってやってやるけど…でも、寝たきりって。そんなに体調が悪いのか?
「ナバホの男の正装はカウボーイ姿なんだ。もし、タクミが良ければ俺が持って来ている服も着て欲しい。ミネも一緒に写ってくれれば、それがタクミの妻になる女性だと言ってあげられる。きっと爺様が喜んでくれる」
幼い俺を可愛がって育ててくれたというエルス父さんの父親。遠い記憶を辿れば、じいちゃんの温かい大きな手のひらを思い出せる様な気がする。
会いたいよ…
「分かった」
ふとその時、俺に髪を切るなと言った父ちゃんの言葉を思い出す。
ナバホ族を含め、ネイティブ・アメリカンは長髪の民族が多い。髪を切るのは身内が亡くなった時だけと聞く。確かに写真を撮って送るならきっと今の姿の方が良い。
相変わらずうちの父ちゃんは何かを分かっている様な気がする。
「あの…アレク、ナバホの女性の正装ってどういうもの?」
美音?
「ベルベットのシャツとスカート、サッシュベルトとモカシンの靴とシルバージュエリーだよ。どうしたミネ?」
「ううん…もし私が正装した拓海と写真を撮るなら、私もナバホの方と同じ正装をしたら喜んでいただけるかしらって」
ああ、そうか。気を使ってくれてるのか。
「それはきっと爺様達は喜ぶかも知れないけど、急だから無理しなくても大丈夫だよ。ありがとうミネ」
「うん…分かったわ」
ありがとうな、美音。
「タクミはカイさんに引き取られてからどんな風に生活していたんだ?大事にされているのは知っているけど、コーキさんやカナさんとはどんな兄弟だった?ミネとはいつから恋人に?なぜ大学で農業を専攻している?」
「質問多いぞアレックス」
「仕方ないだろう、我が家の人間はみんなタクミの話を楽しみにしているんだ」
本当にこれでは、きっと一晩有っても時間が足らない。
エルス父さんの指輪は、俺の人差し指にあつらえたようにぴったりだった
ナバホリングで特徴的なサンバースト文様
※人差し指の指輪の意味
「現実を導く指」自分の意思を貫き、行動力を発揮して行く護り。
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