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二時間ちょっとで東京に着いた、まだまだ午前中のいい時間。
目的地は原宿だ、事前に調べた住所は裏原宿とか言う辺りだ。
地図アプリを見ながらその店に着くと、確かに店の構えから何からいきなりのアーリーアメリカンスタイル。店の名前は「ココペリ」どういう意味だろうか。
「いらっしゃい」
店主はうちのじいちゃんくらいの男性だった、俺とアレックスを見ておやっという顔をした。ニコニコしながら話掛けてくる。
「おや、君たちはアメリカ人かな?」
「はい」
アレックスが答えている、まぁ俺は半分だけど。
「えっ!君の指輪は『スワスティカ』が入ってるじゃないか!凄いな、久しぶりに見た。君達はナヴァホなのかい!?」
『スワスティカ?サンバーストだけじゃなくて』?
「はい、そうです。知っておられますか?」
アレックスが答える。俺の指輪を指差したその人が、いきなり嬉しそうに日本語じゃない言語で話しだした。あ、これナバホ語の日常挨拶だ。
「若い頃ウインドウ・ロックに行ったことがきっかけですっかりナバホの文化に傾倒してね。今でも年に1、2回は店の商品を仕入れに行くよ。いや、嬉しいなぁ!ナヴァホの子がわざわざこの店に来てくれるなんて!」
その人が本当に嬉しそうに言った。そういう人か。良かった、良い店のようだ。
「あの、実は正装を揃えたいんです。カウボーイスタイルの物を見せてください」
「ナヴァホの正装だね、こっちにフリンジ付きのシャツ類もあるよ下はジーンズが一般的だが一応ローハイドもある。ジーンズならカウボーイの定番、ラングラーのジーンズがおすすめ。13MWZという品番を揃えてある。テンガロンハットはこっちでブーツはこっち」
あとはアレックスに見立ててもらわなきゃ。あれ、アレックス?
アレックスは店の奥にあった小さな一枚の絵にじっと見入っていた。
「アレックス?」
俺の声にはっとした様に振り返る。見ていたのは立派に額装された人物画?インディアンの幼い少女が無邪気に笑っている、とても可愛い絵だ。
「タクミ、この店はショウコお祖母様のチョイスだったな」
「ああ、懇意にしてるショップのオーナーの紹介と聞いたけど」
その絵をゆっくり指差すアレックス。
「俺達がこの店に呼ばれた理由がここにある」
え…?
「エルス叔父の絵だ。この少女は着てる物からきっとナバホの少女だ」
「え!?」
この絵がナバホの少女を描いた物?
「君たち、エルス・モルダーを知っているのかい?ナヴァホの有名な作家だからね、若い頃かなり無理をして買ったんだよ、この店の御守りなんだ」
店主が嬉しそうに教えてくれた。
「父さんの絵…」
狼の写真以外で初めて見る、これがエルス父さんが魂を削って描いていたという絵画の実物…
「そしてこっちのドリーム・キャッチャーはうちの親父の作品だ」
指差す先には見事な銀細工の飾り物もあった。ドリーム・キャッチャーはネイティブのポピュラーなお守りだ。
「こっちも同じナヴァホの職人の作だよ。職人レオ・モルダーの作だ。素晴らしい銀細工だろう?確かエルス・モルダーとはご兄弟だったと記憶している。エルスがお兄さんだったか」
「いえ、逆です」
「え?」
「レオが兄です、三才違いの」
エルス父さんのお兄さんはレオと言うのか。
「詳しいね、君もナヴァホ工芸が好きなんだね」
「はい、父ですから」
「え?」
「レオ・モルダーは自分の父です、とても尊敬しています」
「えーーー!?」
そのやりとりを聞いてはいたけど、俺の眼は父さんの人物画に釘付けになっていた。
なんて優しい絵なんだろうか。
その可愛い少女の笑い声が今にも聞こえて来るようなとても愛らしい人物画。まるで血が通っているかのようだ。
そう、生きている鼓動すら聞こえるような。この絵が魔を寄せ付けないという意味が分かる様な気がする。
「この絵は売り物ではないのですか?」
俺の様子に気がついてくれたアレックスが店主に問う。
「残念だけどこれは売れないよ、これを手放したら最後、僕の店が潰れるような気がするんだ」
笑いながら、でも眼がマジだなこの人。
「彼の作品は滅多に市場には出ない、私も自分の持っているこの絵以外に実物を見たことがないよ」
「そうなんですね」
それじゃ俺が父さんの絵を手にする機会はまず無いって事だな。
残念だけど仕方ない、アレックスの家に行けばあの狼の絵が見られるはずだからまだ良いか。
「君には叔父さんの絵という事だね」
「はい」
店主がアレックスを見た。
「ここに来ればいつでも見られるよ、僕がここで店をやってる限りこの絵はずっとここにある。日本語がとても上手なようだけど留学生なのかな?」
「いえ、自分はアメリカの大学に通っています。けど自分の従兄弟は日本の大学生です」
「従兄弟?」
その人が俺の方を見る。
「え…?朱い眼って…まさか!?」
「彼はエルスの息子です、東京の大学に通っています。これからもたまにここに絵を見に来てもよろしいでしょうか?どうかお願いします!」
アレックスが頭を下げた。俺も一緒に深々と頭を下げる。
「大歓迎だよ…!」
その人がとても嬉しそうに笑ってくれた。
「こんな出逢いがあるなんてね、長生きはするもんだよ。申し遅れた、私はこの店『ココペリ』のオーナーで沖崎聖人、ナヴァホの友達にはマークと呼ばれている」
その人の差し出してくれた右手を握る、とても大きくて温かい手だった。
「自分は出雲拓海と言います。幼い頃にアメリカを出て今は日本で暮らしています。武蔵野農大の二年生です」
モルダー姓では無いけれど、エルス父さんの息子である事は何よりのこの瞳が物語っている。
「よろしくお願いします」
本当に不思議な縁の出逢いだった。
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