act.3 ギフト

2/11
前へ
/110ページ
次へ
 三人がかりでその、絵と思われるデカい荷物を美音のアトリエに運んだ。余りにもデカすぎてエレベーターには入らず全部階段だ、さすがにしんどいわ。  かなり頑丈な梱包だぞ、これ。木枠がかなり分厚い木材で組んであるし。とりあえず要らない毛布を2、3枚アトリエに敷く。 「とりあえず、俺は向こうから拓海に関しての金とか物とか一切もらうつもりは無かったんだが、二つだけどうしても受け取って欲しい物があると言われたんだ。特に一つは拓海の父親に関するものだからどうしてもとな、だから受け取ることにした」  特にその父親に関するものが、俺が成人の時に開けて欲しいと言われて送られたこれか。  実際に物が来たのは最近で、父ちゃんは昔の上司から連絡が来るまですっかり忘れていたというけれど。  相手に住所とか教えてなくて、最初荷物は当時父ちゃんが勤めていた大阪の北嶋法律事務所の方に行ってしまったらしい。それはそれで、転送に大わらわだったという。 「ダメだこれ、釘抜とか電ノコとか工具が要るぞ。父さんに持ってきてもらおう」  むしろ人手も欲しい大きさでは?  電話をしてすぐに工具箱を抱えたじいちゃんが現れた。 「ああ、それを開けるのかい。よし、みんなで頑張ろう」  じいちゃんも知ってた訳だ。絵の本体が出たらアレックスに頼もう。  暫く四人であっちこっち抑えなから釘を抜いたり、電ノコで切ったり。結構大変な作業だ。  ようやく畳二畳分近い本体が出た頃にはみんな木屑だらけだ。それでもまだ作業は続く。 「あとはアレックス頼む」  絵を傷付けては大変だ、ここは専門家に。 「はい、お任せ下さい。タクミそっち持って」  ここから俺はアレックスの助手。父ちゃんとじいちゃんが梱包材を片付けながら掃除だ。  アレックスが慎重に包装を解いてようやく本体が見えて来た。 「出た…!」  その声に思わず前に廻って眺める。  いきなり目の前に飛び込んで来たのは素晴らしいブルースカイだ。  とても立派に額装された風景画。  蒼空の下の荒野を遠景に、手前にとても大きな岩の絵だ。  まるで船の帆先のような雄々しく、けど荒々しい中にも優しさも感じる不思議な岩。 「やはりエルス叔父の絵だ。これはシップロックというナバホネーションの中にある岩山がモチーフだ」 「え?」  この絵はナバホ準自治区の中の風景?  父さんとアレックス達の故郷の風景?  これもエルス父さんが魂を削って描いていたという絵の実物か。あのマークさんの店にあった少女の優しい絵となにか通じるものがあるようだ。  言葉さえ発することもできず、俺は父さんのその風景画に釘付けになっていた。  どんな言葉でならこの絵の凄さを形容できるのだろう。  その迫力ある岩山は、まるで大地を征く巨大な帆船のようだった。  うまく言えないけど、この絵からはその土地や風土の全てを愛する、土着の民族信仰のような底知れないパワーを感じるような気がした。  そして、そのパワーはとても温かい…  ついさっき見たマークさんの絵も素晴らしいと思ったが、大きさのせいもあるのかこの絵には俺の全身が大いなる”気配”に包み込まれているような錯覚さえ起こさせた。 「手紙が付いてるぞ」  手紙というよりもメモだ。アレックスに手渡されたそれを見る。 『私が知る中で作者である彼が一番大切にしていた作品。これはエルス・モルダーの代表作である』  タイトルは『我が故郷〜魂の還る方舟〜』とある。このメモを書いたのは例の母親だろうな、日本語だから。 「自分の父親がどれだけ偉大な芸術家だったのか、それだけは拓海に伝えたかったらしい。受け取っておけ」  父ちゃんもじいちゃんもこの絵を素晴らしいと言ってくれている。 「我が故郷か…エルス叔父さんは本当にあそこを愛していたというからな」  ナバホ準自治区の中のシップロック。  父さんの故郷のモニュメント。父さんはきっと子供の頃からこの素晴らしい景色を見ていたんだ。  ああ、いつか行こう父さん。今度は俺も一緒だから。  俺もこのシップロックの息吹を身体で感じてみたい。  俺は父さんの指輪にそっと口づけた。
/110ページ

最初のコメントを投稿しよう!

47人が本棚に入れています
本棚に追加