act.1 もう一人の兄弟

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 階下に降りていくと昂輝とアレックス、ウォルフが揃ってじいちゃんの鳥かご駐車場に停めた二代目ハイエースから荷物を降ろしていた。ちゃんと真也も手伝っている。 「カナ姉、久しぶり」  まずは勝手口から中に入って来た我が家の兄弟で一番偉いカナ姉にご挨拶だ。 「ええ、ちゃんと元気にしてた?あら髪を伸ばしたのね、素敵よ」  そう言うカナ姉の方が相変わらず綺麗だ。最近、国際的なピアノコンクールで立て続けに入賞を果たしている、ピアノ界期待の逸材だそうだ。 「お姉ちゃん、こっち!ぴーちゃんもおいで!」  ひかりが真也に呼ばれてとっとっと行く。 「カナおねえちゃん!おかえりなちゃい」 「はい、ただいまぴーちゃん」  はい、良くできました。そのカナ姉と手を繫いでちび組がサンルームに行く。やっぱりいちごが見せたいんだな。 「タクミ」    気が付いたらすぐ側にアレックスが立っていた。細身の身体にあの印象的な黒い瞳は変わらない。  美音が留学中にアメリカで会ったきりだが、良くメールで話しているせいかそんなに違和感は無い。さすがにちょっと懐かしいけど。 「アレックス、よく来たな」  と、日本語で言ってから慌てて英語で言い直した。そしたらアレックスが穏やかに笑う。 「日本語で大丈夫、勉強した」  なんとアレックスはNYで天武流合気道を学びながら、エルンストや昂輝に日本語を習ったという。 「タクミとちゃんと話したかった。まだまだヘンだと思うけど」 「そんな事はない」  かなり立派な日本語だ、そういう俺も英会話をいくらか勉強していた。いつかアメリカに行く機会があれば、せめて会話に困らない様にと。  ちなみにナバホ語も覚えようと思ったが、とんでもなく難しくて今は一時中断している。ナバホ語は第二次世界大戦中に軍用暗号に使われたぐらい難しい言語なのだ。 「ありがとうアレックス」  日本語の教師にエルンストを選んだのはかなりセンスが良い、なんせ昂輝には変態ウォルフを作った前科があるのだから。俺の従兄弟を変態にされなくて良かった。 「俺の家族を紹介するよ。まずは親父に会わせたい」 「ああ、頼む」  そう言った後、背中に妙な視線を感じて思わず振り返る。ウォルフがこっちをじーっと見ていた。  なんだよ。 「タクミがボクに冷たい」  気のせいだ、きっと。 「ボクの方が先にタクミを知ってるのに〜!」  あ〜はいはい、説明がめんどくせぇ。 「ウォルフ、俺とタクミは乳兄弟だぞ」  アレックスが笑って言う。 「チキョウダイ?ナニそれ」 「生まれてすぐの頃から二才頃までは一緒に育っている。再会はこの前のNYだけどな」 「ニサイ…」  そうそう、記憶に無いけど証拠の写真はある。アレックスの母親が俺の母代わりだったとも聞いている。 「マけた」 「あ〜分かった分かった」  昂輝がウォルフの背中をポンポンだ。俺は笑いを堪えてる美音も連れて父ちゃん宅に行く。  途中、サンルームでカナ姉とちび組がいちご摘みをしていた。今夜のデザートだ。 「一番小さいのが末っ子のひかりだ」  自分の名前を呼ばれたと気がついたひかりが振り返る。ニコニコと手を振っている。 「ミネに聞いていた。可愛い妹が二人、弟が一人いると」 「ああ、とても可愛い」  自慢の弟妹だ、それを聞いていた美音も嬉しそうに頷く。  父ちゃん宅のキッチンにいた忙しそうな母ちゃんには後で挨拶だ。けど、凪紗がちょっとびっくりした顔でこちらを見ていた。  アレックスかな、凪紗は某外国海賊映画(パイレーツ・オブ・カリビアン)の大ファンだから。  そのまま書斎へと進む。 「父ちゃん」  いつも通りのノック、中から入れの声だ。 「あ、もう到着したのか。すまん、出迎えが出来なかった」  書斎の机から父ちゃんが立ち上がる。そのまま俺達の方に来てくれた。 「Nice to meet you Alexandro, Takumi and Mine's father. I'm Kai Izumo, welcome to my home(初めましてアレクサンドロ、拓海と美音の父親の出雲 櫂だ、ようこそ我が家へ)」 「ありがとうございます、カイさん」  差し出された右手をアレックスが握り返す。 「アレクサンドロ・モルダーです。エルス・モルダーの兄の息子で拓海の従兄弟に当たります。しばらくお世話になりますが、どうぞよろしくお願いします」  完璧な日本語だ。父ちゃんも思わずほう、と。さすが礼儀に厳しい天武流道場仕込み。 「はるばるよく来たな、アメリカでは美音と拓海が大変世話になったと聞いている。本当にありがとう、ここに滞在中は遠慮なくゆっくり過ごしてくれ。分からん事は拓海か美音に何でも聞けばいい」 「はい、あの…カイさんは同じ天武流門下の兄弟子とエルンスト師範にお聞きしてきました」 「ああ、自分は東堂孝蔵師匠門下で同じ天武流合気道術を修めている。よろしく頼むぞアレクサンドロ」 「こちらこそ恐縮です。あの、もしご迷惑でなければ滞在中に機会があればカイさんのご指導を仰ぎたいのですが」 「自分は無段だ、アレックスは四段だったな。指導などという大層な事は出来んが、分かった、稽古相手にくらいにはなろう」  う〜ん、思ったよりも日本の武道に傾倒してるな俺の従兄弟は。後で面倒くさいことを言い出さなきゃ良いけど。 「まぁ今日はゆっくりしてくれ、うちは家族が多いから賑やかだと思うが楽しんでくれると嬉しい」 「はい、ありがとうございます」  深く一礼。本当に比べては申し訳無いが、ウォルフがこの家に初めての来た時とはダンチ過ぎる。  アレックスを連れて書斎を出た。 「緊張した、凄いオーラだ」  深呼吸したアレックスのその緊張は分かる気がする。  今度はキッチンの母ちゃんの所だ。 「アレックス、うちの母だ」  あら、と母ちゃんが笑ってアレックスを迎える。 「いらっしゃい、アレックスで良いのかしら?美音と拓海の母よ、うちの子達がアメリカでお世話になって本当にありがとう。色々聞いたわ、食べ物に好き嫌いとかないかしら?生のお魚とか大丈夫?」 「はい、何でも食べられます。自分はアレクサンドロですが、アレックスでもアレクでも呼びやすい方でお呼び下さい。しばらくお世話になります」  ここでも深々と一礼、さすが。そういや美音はアレクと呼ぶよな、俺はアレックスで時々アレクだし。本人にこだわりが無いならいいか。 「拓海、アレックスをお部屋で休ませてあげなさい。今、美音がお茶を持っていくから」 「分かった」  そうだな、風呂に入れて足を伸ばさせてやりたいし。部屋は鳥かごの上だったっけ。 「アレックス風呂は使えるか?うちは日本式だが」 「ああ、大阪のホテルで大分慣れた」  じゃあ問題ないな。母屋の居間に戻ってアレックスの荷物を…あれ、無い?デカいのが二つあったはず。 「アレックスの荷物はウォルフが運んだよ、一緒の部屋だから」  じいちゃんが教えてくれる。ウォルフも一緒か、まぁそうなるか。 「部屋は三階のじいちゃん達の部屋の隣だ、こっちから」 「あ、待ってくれ。アルフォートさんの奥様にもご挨拶を」  ばあちゃんか、母屋の台所だ。  足早にそこに向かうアレックス。本当にしっかりしてて丁寧な。なんか、こういう奴一人知ってる様な… 「あ、北だ」  完全既視感(デジャブ)だった。  
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