act.1 もう一人の兄弟

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 風呂上がりに俺の部屋に寄ったアレックス、長い髪がまだ濡れていているらしくタオルでくるんでる。ドライヤーを教えておいた筈だが使わない主義かな。 「入って良いか?」 「ああ、もちろん」  窓辺に置かれたにゃん太が入った猫鍋ベッドにそっと近付いていく。どうやらにゃん太が見たかったらしい。  そっと手を出して頭に触れる。にゃん太は一瞬頭を上げてアレックスを見たが、何でもないように又寝始める。怖がったりは全然していない。 「良かった、触れた」  アレックスが嬉しそうに笑う。 「俺は動物に嫌われるんだ。守護聖獣(パワーアニマル)が虎のせいらしい。さすがタクミの猫は肝が据わっているな」 「パワーアニマル?」 「自分を守護してくれる一種の精霊だ。俺の部族には生まれた時から誰にでもいると言われている。タクミにもいるだろう?エルスの描いた狼がそうだ」  あれが…俺の為に描かれたと聞いてはいたが。 「生きてきた時々にそれに護られていたと感じる瞬間が何度かあった。最初は四歳の時の儀式だ」  四歳の時? 「うちの部族に伝わる儀式だ。四歳になると俺の部族の男は、独りで荒野に出て一晩を過ごさなければならない。街からは遠く離れた荒れ地で、もちろんコヨーテやガラガラ蛇もいる所だ」  そこで一晩、獣避けの火を焚きながら過ごすと言う。言うなればそれは成人の儀式に近い。それが無事に終わると部族の男として認められるというのだ。 「俺の時には親父にかなり遠くの場所に車で連れて行かれて、キャンプ道具一式と一緒に放り出された。事前に火の焚き方とかレクチャーはされるが、子供の小さな手で焚き口になる木をナイフで削ったりだ。大変だったぞ」  火を点け終わるまで本当に怖かったそうだ。何かすぐ近くに獣の気配があって、幼い自分は美味しそうに見えるのではないかと。喰われてしまってもおかしくないと思ったそうだ。  それ、日本なら軽く幼児虐待だ。 「必死に火を焚いて、コヨーテや野犬の遠吠えが聞こえるその場所で一晩を過ごした。絶対寝るもんかと思いながらな。だが子供だからやはりうとうとしてしまう瞬間が何度もあって、その度に慌てて起きるんだ」  その儀式を本で読んだ事がある。未だに継承されているというのは本当だったんだ。 「けどある瞬間に、自分がとても大きな暖かい物に包まれていることに気がついた。その息遣いも鼓動も俺は確かに感じたんだ」  それがパワーアニマル…アレックスの守護聖獣か。 「タクミにも無かったか?自分が何か大いなるものに護られてると思った瞬間が」 「ああ」  うん、あったよ。  幼い俺が和歌山の山奥で飼い犬たちと山を駆け回っていた頃に何度もあった。 「俺は自分の父親とパワーアニマルの複合的な物に護られていたよ。その四才の儀式を毎日やってたような日々だったから」 「毎日?」 「ああ」 「聞かせてくれ兄弟よ、お前がこの国で過ごして来たその日々を俺は知りたい」  ああ、アレックス。  今夜はそれを語ろうか、そしてお前も聞かせて欲しい。  俺をずっと気に掛けてくれていた、エルス父さんの血に連なる人達はみんな息災か。幸せでいてくれるのだろうか。  きっと美音も聞きたいと思う、幼い俺を愛してくれた人達の事を。  
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