act.1 もう一人の兄弟

9/10
前へ
/110ページ
次へ
 その日の夕食は父ちゃん宅で賑やかに行われた。  アレックスの実家から、家長である父ちゃんにとナバホ族伝統の見事な銀細工とターコイズで出来た魔除けのオーナメントが贈られた。1m以上もある立派なドリーム・キャッチャーだ。それが額装されている。やけにデカい荷物を持っていると思っていたらこれだったのか。 「これは見事な物だな」  父ちゃんもびっくりだ。 「自分の父の作品です。タクミのご家族に永遠の幸福と繁栄のあらん事を、神に祈りながら造り上げておりました」  そういえばアレックスの父親はナバホ族の工芸作家で銀細工職人(シルバーマイスター)だと聞いていた。この銀とターコイズの細工物は素人の俺が見てもとても見事だ。 「ありがとうアレックス、どうかお父上によろしく伝えてくれ。とても喜んでいたとな」 「はい、確かに承りました」  アレックスは銀の小箱も取り出した。 「こちらは自分の祖父から、この家の長老であるお祖父様にと預かって参りました。煙草の葉入れになります。かつて我々ナバホ族にとって煙草は友情と信頼の交流に使われる大事な物の意味合いがありました。それに長寿を願う刻印で仕上げた銀細工です、今は私の部族の者も煙草を吸う者は少ないので工芸品の意味合いで残っております。お祖父様も煙草はお吸いにならない様ですからどうぞ何かにお使い下されば嬉しいです」  細かい彫金が施されたその小箱がじいちゃんの前に差し出された。 「私に?」  アルじいちゃんは戸惑っているけど、確かにこの家の長老で俺の大事なじいちゃんだ。これを受け取る人はじいちゃんしかいない。 「父さん以外に誰がその大事な箱を受け取れるんだよ」  父ちゃんが笑った。じいちゃんはちょっと照れた様にアレックスに向き直った。 「ありがとうアレックス、大事に使わせてもらうよ。どうか君のおじい様にこの感謝を伝えて欲しい」  アレックスも大きく頷いた。二人でしっかり握手だ。 「なんかボクのお土産が目立たない、せっかくタクミとミネの成人に合わせてお高いお酒を買ってきたのに」  高級なブランデーを二本も持ってきたウォルフがちょっとグレた。昂輝と美音がなだめる。  やっぱり良い奴なのは確かなんだけど、前の印象が悪過ぎる。  みんな笑顔で夕食が始まった。  アレックスは食事の前にしっかりとお祈りもしていた。そういえばナバホ族って大多数がクリスチャンだったな。ひかりと真也が真似をして祈り、アレックスに頭を撫でられてご機嫌だ。  食事はほぼバイキング形式、ダイニングのテーブルに大皿盛りにされた母ちゃんばあちゃん達の家庭料理が並ぶ。それを好きに取ってきてリビングのソファーやテーブル、好きな所で食べる。今日は無礼講だ。  ちび達はTVの前で相変わらずお気に入りのビッグサイズの仔猫のビデオを観ながら小さなテーブルで食事をしている。それを世話するのは美音と凪紗だ。  俺が食べたかったのはばあちゃんが作る野菜の煮物と美音の鶏の唐揚げ、母ちゃんのカレーだ。その他にも煮魚やハンバーグとか焼き鳥とか刺し身とか、ホントに色々いっぱいある。さっき美音が言っていたおにぎりも。 「夢にまで見た我が家の味〜」  昂輝が泣きそう。いや、ほぼ泣きながら色々食べている。あいつも久しぶりの我が家だからな、傍にカナ姉がいるから余計に嬉しそうだ。 「すごいな、どこから食べれば良いんだ?」  アレックスはおにぎり以外の日本の家庭料理にはあまり馴染みがないか。 「そうだな、とりあえずこっちの唐揚げと煮物とこれとこれを食べておけ。ハズレはないから大丈夫だ」  明日はもっと豪華なクリスマスになるらしいからな。  色々取って、ちび達の近くに置かれたテーブルに座る。なぜかウォルフもやって来た、一応昂輝とカナ姉に気を使ったか。 「タクミ、妹たちみんな大きくなったね。ナギサがキレイになってて驚いたよ」  いきなりそれか。凪紗にセーラー服を着て見せてとか言ったら電撃フェンスに吊るすぞ。 「シンちゃんも大分背が伸びたね。ピーちゃんもオシャベリいっぱいしている。みんな可愛い」  久しぶりに会う親戚のオヤジのような感想で止まっておけよ、頼むから。 「あ、これもだ」  急にアレックスが父ちゃん達への土産が入っていた袋を探る。そこから無造作に皮袋に入った物を取り出す。 「この家の女性達にどうかと、俺が作った銀細工の指輪やアクセサリーです。気に入った物があれば良いが」  それをジャラジャラとテーブルの上に出す。アレックスが作ったのか、それ。 「わ、素敵!アレクの銀細工ね」  その様子に気づいたのは美音だ。ひかりを抱っこしたままこっちのテーブルに来る。当然凪紗も続く。気がついたらちゃっかりカナ姉も昂輝を放っぽってそこにいる、さすが我が家の姉妹。 「気に入った物があればもらってくれ、みんなナバホの護符や刻印が入っている」  アレックスも子供の頃から父親を真似て色々銀細工を作っていたという。 「これ、素敵」  凪紗がターコイズと銀で出来た指輪を手にした。 「その弓矢の刻印は『守護』だ。大地の精霊がナギサを守ってくれるように」 「これにします!」  もう凪紗はニコニコだ。ターコイズも普通のブルーではなくグリーンが掛かっている、確かに綺麗なものだ。  サイズは指輪部分のアームが割れている物で、ある程度誰にでも合わせられるデザインらしい。 「どのくらい詰めれば良いかな、見せてくれ」  もうちゃっかり指輪を右手中指に着けている凪紗の手を、アレックスが取る。 「これなら大丈夫か、緩くないかナギサ?」 「は、はい!」  顔が真っ赤だ。凪紗、意識し過ぎ。 「イイナ〜」  指くわえるなウォルフ、お前も分かりやすいわ。 「まぁ素敵、アレックスの作品なの?」  ばあちゃんも母ちゃんも来た。女子5人+ひかりで銀細工が拡げられたテーブルの周りにワイワイだ。ひかりはキョトンとしてるけど 「このブローチ素敵〜これ知ってる、サンダーバードね」 「この太陽の刻印が可愛いわね、このヘビの模様も可愛い」 「このペンダントトップの周りの模様って意味があるの?」  わいわいガヤガヤだ。そっと真也の方に避難する俺とウォルフ。 「その太陽の刻印は『幸福』ヘビは『知恵』サンダーバードは『無限の幸福』です。このペンダントトップの周りはフェンス『幸福を守る』意味合いです。ナバホにはホピやズニ族のようなカチナと呼ばれる精霊の偶像は存在しないので、このような文様が護符の特徴です」  アレックス、説明お疲れ様。うちの女子達はそういう話が大好きだから頑張ってくれ。 「ナバホの銀細工もスタンプワークのアクセも有名だもんね。アレックスは絵も描けるしあのルックスだし武道家だし、モテる要素満載だ」  いや、そういうウォルフももう少しシャキッとすれば良いだけだろ。黙ってれば結構いい男だと思うんだが。  お前もインカレでボクシングやってたらしいし、例の民俗学で結構いい論文を書いて大学の研究室に残れるって話も聞いたぞ。 「イイナ〜女子に大モテなんだろうな〜」  自分の見せ方を知らん残念な男が言う。とりあえずお前は日本の女子中学生〜高校の範囲に絞った変態性癖をなんとかしろ。  それでも楽しそうに銀細工を見る美音達を見て、俺も多分父ちゃん達もとても嬉しい気持ちになっていた。  夕食はまだ続いていた。父ちゃん達は途中で酒も入っての晩酌だ。昂輝とウォルフも一緒になって呑み始まっている。  父ちゃんが嬉しそうだな。息子と呑む酒は格別とか言っていたっけ。  俺も成人の祝いの席で父ちゃんと呑もう。  明日が本番のクリスマスパーティーだから、今日はアイドリング程度だろうけど。  明日は隆成おじさんの一家や北兄妹、深雪に仁科もやってくる。  絶対、賑やかだろう。  
/110ページ

最初のコメントを投稿しよう!

47人が本棚に入れています
本棚に追加