一 決戦前夜

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一 決戦前夜

「あいつヤバイよ」と猿。 「ヤバイよね」と犬。 「たしかにちょっと様子ヘンだね」と雉。  手下らは暗がりで焚き火を囲んで暖をとっている。枯れ枝にヤモリを刺して炙っているのは猿だ。焼き具合レアがおすすめだよと甲斐甲斐しく犬と雉のぶんも器代わりの葉っぱにのせてあげている。  犬と雉はお礼を言うと、犬はうっとりしながらペロリと舐めて丸呑みに、雉はくちばしで忙しなく突いて食べはじめた。  犬と雉を満足そうに眺めながら猿はカリカリに焼いた尻尾をつまんであたまから食べると小さなため息をもらして言った。 「あいつさ、桃から生まれたって言い張ってるじゃん」 「え?」と言って雉はくちばしを止める。「生まれたって、桃から? そうなの?」 「んなわけないじゃん」と犬は涎を垂らしながら雉がついばむヤモリに釘づけになっている。 「ヤバイよね、村人ドン引きだしね」と猿は犬の涎を拭いてあげている。 「まあ、あの爺さん婆さんがそうとうヤバイからね」と言って犬はありがとうと猿にお辞儀した。 「え? そうなの?」と雉は面食らっている。 「団子、食った?」と訊く猿。 「まだ」と答える雉。 「あれヤバイよ。ぜったい食わないほうがいいよ」 「オレさ、あれ食ったら気分超ハイになった」と犬が言うと「オレも」と猿が相槌をうつ。 「爺さん婆さんが作ってるあの団子、禁止薬物つかってるって噂あるよ」と犬はなおも興奮ぎみだ。 「え? マジで? どんな?」 「幻覚剤っぽいよ。共感性高まる系の。屋敷の裏の蔵で密造してるって話あるよ。あいつさ、『おい犬、団子やるからデーモン一緒にボコろうぜ』って誘ってきたんだ。あいつの見開いた目なんか血走ってて怖いし関わりたくないから大丈夫です結構ですって断ったらさ、鞘からちょっと刀ぬいて凄まれた。それで仕方なく食った」 「デーモンボコる前にオレらがボコられそうだったからね」と猿がうなずく。「もうあいつ無茶苦茶だよ」 「それでその団子しかたなく食ったらさ、景色がみるみる綺麗に輝きだしてさ、チョー気持ちよくなった。あいつが仏様に見えた。っていうか仏様だった。デーモン悪いやつだから一緒にボコろうぜって仏様に誘われたんだ」 「オレも」と猿。「で、仏様の弟子になった」 「でもさ、光が消えて気づいたらさ、仏様いなかった」と犬。 「この団子、そんなにヤバイの?」と雉はうろたえている。仏様はどうしていなくなってしまったのだろうと考えながら、かたわらに置いてある麻袋を見ている。「まだけっこう残ってるよね?」 「二十とか三十とか。もっとかな」と猿。 「あいつ、それぜんぶデーモンに食わせようとしてるんだよ」と犬。 「デーモン味方にする作戦?」と雉。 「味方にはできないな」と犬。「半減期、おそらく一刻(30分)くらいだし」 「ハンゲンキ? なにそれ?」と雉。 「超ハイになるヤバイ時間」と犬。  犬はなおもヤモリを熱い眼差しで見つめている。 「あ、食べる?」とようやく雉は溢れる犬の涎に気づいて訊いた。「残ってるの骨ばかりだけど」 「え、いいの!? オレもらっちゃってお腹減らない?」 「平気。いつも草とか木の芽とか食べてるんだ。ぜんぶ食べちゃっていいよ」 「ありがとう」と犬がパクつくと、 「なるほどね、それで雉くん団子食べなかったんだね」と猿は得心がいった。 「なんだっけ、コレくれるって言ったあの桃……なにがしって人?」と雉が訊くと、 「名前どうでもいいよ。っいうか覚えてないし。あんなやつ桃ナニガシでいいよ」と忌々しそうに猿が即答する。 「え、そう? 桃ナニガシでいいかな? あのさ、その桃ナニガシにさ、鳥だから団子は食えないって言ったらさ、代わりに大豆くれた。煎ってあるめっちゃおいしいやつ。それで仲間になった」 「あいつさ、雉くんのことも仲間じゃなくて手下だと思ってるよ」と猿。 「雉くん素朴で素直な感じだしね」と犬は涎まみれのくちのまわりを舌でなめまわしている。「このままだとデーモンの島で捨て駒にされるよ」 「え?」と雉はうろたえている。「でもさ、桃ナニガシはデーモンに団子あげて仲間にしようとしてるんじゃないの?」 「あいつデーモンは仲間にしないよ」と犬。「仲間っていうか手下にしてもさ、殿様から褒美もらえるわけじゃないからね。デーモンたちが団子たらふく食って超ハイになって油断した瞬間狙ってデーモンのカシラをボコるんじゃない? で、これ以上ボコられたくなかったら金銀財宝よこせって算段なんじゃない?」 「まちがいないね」と猿。「あいつ、団子補充するためにいま村に戻ってるんだよ」 「ぼくがきのう偵察にだされたのってそう言う理由なのかな?」と雉。「デーモンが城んなかにけっこうたくさんいたって教えたから」 「きっとそうだよ」と猿。「団子の数足りないって判断して焦ってるんだよ」  雉はハッと思い出したように明るい顔つきになるとバツがわるそうに沈黙した。 「どうかしたの?」と犬が訊くと「あのさ、じつはさ、偵察いったときデーモンに見つかっちゃった」と雉。 「え?」と猿と犬。 「城の中庭の木にとまってデーモン数えてたら見張りが『桃ナニガシの手先だッ』って叫んでデーモンが軍隊蟻みたいに次から次へとぞろぞろ出てきてつかまりそうになった」 「見つかってたんだ」と猿。 「そりゃ見つかるよ」と犬。「このハチマキの桃の絵、極彩色でチョー目立つからね。偵察きてますってアピールしてるみたいだし」  犬は額に巻かれてるハチマキがよく見えるように焚き火に近づいた。炎に照らされて白地のハチマキに桃色が鮮やかに浮かびあがっている。 「あ、そうそう、これ外そうとするとあいつブチ切れするから気をつけてね、裏切り者は全員ボコるって発狂するから」と犬。 「ほんとうにヤバイんだね」と雉。顔がこわばっている。 「で、デーモンなんか言ってた?」と猿。  「たぶんだけど、『桃ナニガシもその手先も全員つかまえてボッコボコにしてやる!』って唸ってた」と雉。「チョーこわかった」 「マズイね」と犬が悩む。「このままあいつに味方して負けるとデーモンにボッコボコにされるし、あいつを裏切って寝返るとあいつにボコられるの確定でしかもデーモンに捕まったらデーモンにもボコられる」  手下らはため息をもらして焚き火をながめた。赤々とうねる炎の熱気が深まっていく闇にパチパチと爆ぜながら春霞の空にのぼっていく。  猿はうっとりしながら薪代わりに枯れ枝を投げいれる。 「なんかさ、火ってさ、落ち着くよね……」 「エモいよね……」と犬がつぶやくと、 「ぼくは焼き鳥を連想しちゃうからちょっと苦手……」と雉は羽をわさわさ揺すった。 「たしかにそうだね」と猿と犬がうなずくと、暗がりの林のほうから物音が聞こえたような気がして手下らはふりかえった。
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