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二 藪のなか
「いま聞こえたよね?」
猿が犬に抱きつく。雉も激しく同意する。
「ガサガサって音だよね」
犬は鼻をひくひくさせて匂いを探っている。
「どう? わかる?」
猿の声は震えている。
「微妙」と犬は答えると、背なかに乗っていいよと猿をうながした。
「なに? どういうこと?」
猿は落ち着かない。
「なんかちょっとデーモンの匂い感じるから逃げる」と犬が答える。
犬が万倍鼻が効くのを知っている猿はもはや不安の虜だ。
しかし犬はいぶかっている。物音がする瞬間まで匂いの異変にまったく気づかなかった。焚き火のせいだろうか。立ち昇る熱気があたりの匂いを夜の空にいっしょに連れていっているせいだろうか。
雉がためらいもせずに物音のほうへ羽ばたくと、猿と犬は「え!? なに!?」と動揺をかくせない。
「雉くんってこわいものしらなすぎだよね」と猿。
「早死にするタイプかもね」と犬。
猿も犬も天然っぽい雉の大胆すぎる行動に意表を突かれている。
猿と犬の不安をよそに、雉は林の入口のあたりの暗がりをぐるぐる旋回している。
「ねえ、だれかいるの~?」と雉が訊くが返事はこない。
猿と犬は顔を見合わせる。物音は気のせいだったのか。
「ねえねえ、だれもいないみたいだよ~」と犬と猿のほうに雉が向きなおったその瞬間、バチンと弾ける音がひびくと、雉は羽ばたかなくなってそのまま墜落した。
「え? なに? え? え?」
うろたえる猿に「落ちたね」と犬はつぶやいた。
雉は藪のなかに落ちたようだ。
猿は「どうする? なんかいるよね、ぜったい」と藪と犬を交互に見る。
「いるね。マズイね。これたぶんデーモンの匂い」
「え? いるの? マジで?」
「いる。すぐそこ」
「え? 逃げる? まにあう?」
「いや、だいじょぶ」
「え? デーモンいるんでしょ? 逃げなきゃダメでしょ?」
犬はうっすら笑みを浮かべる。くちの端が若干ゆがんでいる。
「乳くさい。童だね」
わるいこと考えているときこういう顔するよなと猿は思った。旅の途中で何度か見た顔つきだ。小鹿とかウリ坊とかに出くわすと牙をむきだしにして容赦なく恐喝。おかげで飢えずにすんだけど。
「今、オレわるいこと考えちゃってる。任せて」
犬が力強く宣言すると、猿はやっぱりと頷いた。犬はデーモンの童をどうするつもりなのだろう。生け捕りだろうか。逃がしたら大ごとだ。捕まえてデーモンとの交渉材料にするしかない。
犬は不敵な笑みをうかべている。あいてがこどもと知って自信満々だ。
「こわがらないで出ておいで。おじさんはきみにひどいことしたりしないよ。信じてくれて大丈夫だよ」
嘘ついてる、と猿は思ったが、犬は感覚が鋭敏なだけでなく冷静で状況分析にも長けている。任せるのがいちばんいい、と猿は信じた。
「さあ出ておいで。大丈夫だよ」
犬がふたたび呼びかけると藪がごそごそと動く。
洟垂な童だろう、猿がそう決めつけるなり藪の枝葉をおしわけて現れたのは身の丈が五尺はあるデーモン。猿は目をこすって二度見するがまちがいない。五尺(150cmちょい)、いや、六尺(180cmちょい)、いやもっとあるかも。
不安の雲がみるみるふくらむのは童のむきむきな筋肉のせいだ。月明りにうっとりするほど逞しくうかびあがっている。二の腕も太腿もまるで丸太。そしてその丸太のような腕でこん棒をにぎりしめている。顔つきは邪悪そのもの。
「逃げるよッ!」
犬が身をかがめるなり猿はあわてて飛びのる。犬が後ろ足のふんばりをとこうとすると「待ってッ!」と猿がひきとめる。
「あれ雉くんだッ!」と猿は指さす。「こん棒ッ!」
こん棒は雉だった。童が雉の足を束ねて握っている。こん棒だと思っていた先端にはくちばしが付いている。そしてそのくちばしが微かにうごいている。
「ぼくにかまわず……逃げて……」
雉は今にも消え入りそうな声でささやいている。
「勝てない……逃げて……」
どうする猿くん、と犬が思う。
どうする犬くん、と猿も思う。
助けるか。見捨てるか。どうする!?
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