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三 デーモン
炎に照らされてうかびあがる童の形相に、猿は全身の毛が逆立っている。聞いてはいたけど、うわさ以上にヤバイ雰囲気だ。
犬は猿を乗せたままゆっくり後退する。
「猿くん、あれやっぱ童だ」と犬は静かに話しかける。「甘い匂いする。オレらから見るとデカイけど、デーモンはあのサイズ感でもまだ童なんだよ。あ、もう下りて大丈夫だよ」
猿は戸惑う。あれが童だなんて、目つきがヤバイし体がデカすぎる。
「童って何歳……?」
「たぶん八つとか九つ」
あのサイズ感で八つとか九つなら成人デーモンはいったいどれくらい大きいのだろうと猿は考えて絶句した。成人デーモンが城から軍隊風にぞろぞろ出てきたと雉が教えてくれたのだ。無理ゲーだ。あろうことかこれからそいつらをボコりに行こうとしているのだ。
しかし犬には余裕がある。慌てるそぶりがまったくない。平然とかまえている。どういうわけか、うっすらほほ笑んですらいる。
「猿くん、あのさ、あの童を仲間にしよう」
唐突だった。はじめ言葉の意味がよくわからなかった。猿が「え、なに?」と訊き返すと、
「あの童を仲間にする」と犬はまっすぐな眼差しで猿を見る。
「あれは童だ。雉くんを狙ったのはただの遊び。飛んでる鳥を落としたかっただけ。童って鳥に石ぶつける生き物だからね。敵意ぜんぜん感じないから仲間にするんだ、桃ナニガシがいない今のうちにね」
犬はくちもとを歪めながらうれしそうに話しつづける。
「仲間にしてこいつにあいつをボコらせる。考えてみて。暗やみに飛ぶ鳥を石ぶんなげて命中させるなんて正気の沙汰じゃない。あの童、超感覚のカタマリだ」
犬の言うとおりかもしれないと猿は思った。童はいともかんたんに雉をねらい落とした。しかも素手で。ふつうにありえない。むきむきの筋肉に優れた動体視力があるからこそできる業だ。あいつに負けず劣らず雰囲気がヤバイけど仲間にできたらどれほど心強いだろう。
「あいつ、デーモンがこんなすごいとは夢にも思ってないんじゃないかな」
「でもどうやって仲間にするんだい?」と猿が訊くと、犬は焚き火のほうを見た。
「童に団子を食わせる。オレらが敵じゃないって知ってもらう。で、雉くんを釈放させる」
そんなにうまくことが運ぶだろうかと猿は疑ったが、かといって、代わりに良い案が思い浮かぶわけでもなかったので犬の提案に従った。
猿と雉が話し合っているあいだ、童は雉をこん棒みたいに握ったまま突っ立っていた。愚鈍そうでもあるが聞き耳を立てているようにも見える。猿は気味わるがったが、犬はしごく平然と言う。
「ねぇ猿くん、団子を童に渡してきてもらえる?」
言葉の意味がよくわからず、猿が「はい?」と訊き返すと、
「団子渡してきてもらえる? オレ四足動物だから袋持てないし渡せない」と犬はこたえる。
「え? なに? どういうこと?」
猿は不安の虜だ。童と犬を交互に見る。落ち着きがない。
「渡してきて」
犬が毅然として言う。目つきがちょっと冷たい。
じぶんの味方はいったいだれなのだろうと思う猿は、成り行きで仲間っぽくなってしまった犬の不遜な態度にいらだちを一瞬おぼえたがすぐにその感情はしぼんで消えた。こうなってしまっては一蓮托生。じぶんより賢そうな犬についていくしか選択肢はない。
犬はじっと猿を見つめている。早くしろと急かすようだ。あいかわらず眼差しが冷たい。
猿は「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」とさけぶと焚き火にかけよって団子の麻袋をひったくるようにとった。そしてまぶたをぎゅっと閉じるとまた「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」さけびながらしゃにむになって童ほうへ走りだした。そうして勢いよく童の足にぶつかって転がった。
「猿くん逃げろッ」
鬼気迫る犬の声に猿がおそるおそる目をあけると、今まさに、童が岩のようなこぶしを振りおろす瞬間だった。
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