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五 前虎後狼
「ぼくはいったい……」
雉はよろめきながらふらつくと、座りこむ童にぶつかって阿鼻叫喚といえるくらい大げさなうめき声をあげた。
「雉くん安心して。猿くんが童を仲間にしたんだ」
「え? なに? え? どういうこと?」
犬がやはりデモンズゲイトのくだりにはふれずに猿の覚醒を説明すると雉は食い気味に「へ〜そーなんだ〜」と返事した。デーモンを横目にしながら、ぶんぶんふりまわされたから酔って気分がわるいと不満を吐露している。
犬──かつて凶悪な狼らを蹴散らした白い彗星は雉にかまわずに続ける。
「夜明けまえまでに帰るって言ってたから、もうそろそろあいつが戻ってくる。いよいよ決戦だ。あんなヤバイやつ、まっぴらごめんだ。オレたちの魂は自由だからね。みんな覚悟はいいかい。オレはできてるぜ──」
猿──金色に輝く一族の末裔。
「覚醒したっぽいしイケてる気がする」
雉──天然でチョー素直。
「空から石落とすね」
童──デモンズゲイトから現れた若き災厄。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん」
役者はそろっていた。
手下ら+αが天を仰いで決意表明すると、まだ見ぬ彼らの未来を祝福するように薄明の空に流れ星が瞬いてふりそそぐ。
と、そのとき、耳によく馴染む声が聞こえて手下らは戦慄した。
「なんだぁ〜なんの相談だぁ〜おまえらずいぶんとまた豪気だな〜」
桃ナニガシだ。
白地に極彩色の桃をあしらった幟を掲げて人力車を引いてくる。荷台には黒光りする南蛮渡来の大砲が三つ載っている。それを見た犬が「なんかもう戦争じゃん……」と呟く。
犬は知っていた。大砲一発あたり大人のデーモンパンチ1000発に相当するくらいの破壊力がある。つまり大砲三つ同時に発射でパンチ3000発分。村なら一瞬で塵と化す脅威のレベル。
「いよいよだね」猿が囁く。
「石ぶつけるぞー」雉は元気だ。
犬は念のため猿と雉に説明する。
「あの荷台の黒光りは大砲って呼ばれてて大人のデーモンパンチ1000発分のパワーがある最強兵器だよ」
「え?」と猿と雉。
「大砲三つあるから一回でパンチ3000発分。あの大砲の先っぽから大人デーモンパンチパワー3000発分がぜんぶいっぺんに噴きだしてくるイメージ」
「え? そんなにすごいの!?」と疑心暗鬼な猿のとなりで、雉はどうして大砲からデーモンパンチが噴きだしてくるのだろうと考えている。
犬はなおも険しい表情ながら若干の余裕がある。猿はそう感じて淡い期待を抱いた。
「そんなので先制攻撃されたらひとたまりもないよね?」
「大丈夫、あの大砲はパンチパワーが飛びだしてくるまで時間がかかるんだ。息を吸って吐いてを何回かくりかえすくらい猶予がある。そのあいだに桃ナニガシに近づいてやっつけるんだ」
犬は作戦を伝える。
「猿くんと雉くんは童に捕まっておじけづいた風に、童は暴れながら少しずつ桃ナニガシに近づくんだ。みんな、いいかい、攻撃できるまで間合いが縮まったらオレが『かかれ~』って合図するから、そしたらいっせいに飛びかかるんだ」
「おいお〜いなんでデーモンいるんだぁ〜捕まったのかぁ〜お〜い情けねえなぁ〜」
重い人力車を引くから暑いのか桃ナニガシはぴっちぴちのホットパンツで上半身は裸。桃の紋様が描かれた金色のド派手な陣羽織をまとっている。露わになった全身はデーモンにも負けないほど筋肉が隆起していて、至るところに刺青が彫ってある。刺青は桃ではなく髑髏。脇に刀は差していない。犬はほくそ笑む。
「桃の旦那すいませ〜ん、油断しちゃって〜」
犬がへりくだって近づくと桃ナニガシが立ちどまる。
「おいお〜い待てよ~犬ぅ〜テメー俺様に近よんな〜そこにいろ〜」
桃ナニガシは上体が左右に揺れて目が見開いて血走っている。舌を出してレロレロと意味不明なことを口走っている。
こいつあの団子よりだいぶプレミアムなヤバイやつでキメてるなと犬が思った瞬間、砂塵を巻いて桃ナニガシは飛びあがった。
速い──。
ふりかえると童のすぐ目の前に桃ナニガシがいる。
童は瞳をキラキラさせながら腕を唸らせて桃ナニガシの顔面をぶっ叩く。どおんと空気が轟く。直撃だ。あっけない。
予想はしていたがここまで童が強いとは、そう犬が思った矢先、童が顔を歪める。苦しげだ。よく考えてみればおかしい。まともに食らって吹っ飛ぶはずが桃ナニガシは踏みとどまっている。
「おいお〜い行儀のわるいお手手だなぁ〜いけねえなぁ〜兄ちゃんがちゃあ〜んとお仕置きしてやらねえとなぁ〜」
桃ナニガシは左手で童の拳をつかむと、舌を出しながら頭をくるくる回し童の腕をひねりだした。童は痛みに耐えきれず呻いている。
「おまえら手え出すなよ〜オレの獲物だからなあ〜」
桃ナニガシは嬉しそうに腕の刺青を舌舐めずりした。
「なんか異様に強いね……」
「大砲いらないレベルだね……」
わさわさと音がして見上げると、雉が漬物石くらいの岩を持ってふらつきながら懸命に飛んでいる。桃ナニガシの上空を旋回している。
マズイ──。見つかったら裏切りがバレる。
猿と犬は「鳥ヤメローーーッ」と心で叫んだが雉には聞こえるはずもない。雉がわさわさ賑やかに羽ばたくから見つかるのではと気が気でない。猿も犬も「ハヤク石オトセーーーッ」と心で訴える。
「おいお〜い鳥ぃ〜ずいぶんひっしに飛んでんなあ〜手伝ってくれんのかあ〜外すなよ〜ちゃんと狙えよぉ〜」
バレてるけどバレてない──。石を童に落とすものと勘ちがいしている。
猿と犬が「ヤレ~、ヤッツケチャエ~」と心で喜ぶと、はたして雉は石を落とし、もつれる二人に直撃した。
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