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六 最強兵器
どおんと轟くなり砂塵が舞って石がまっぷたつに割れる。土煙のむこうに二人が倒れていると思いきや童も桃ナニガシもかすり傷ていど。愉快そうにニヤつく桃ナニガシの隣で、足もとがふらつきながら童はかろうじて立っている。
「え?」猿も犬もくちを開けたままだ。「ドッチカニ、ブツカッテタヨネ」と心が呟く。
「おいお~いちょっと痛ぇな~ちゃんと狙ってんのか~こいつはもうぶっ倒れるだろうがよぉ〜」
桃ナニガシが背中をつつくと童は目を剥いてよろけながら「うぅぅん」と呻いて前のめりに倒れこんだ。
桃ナニガシもデーモンや金色の猿みたいにデモンズゲイトからやってきた強い変態なのだろうかと犬は疑ったが、かりにそうだとしても変態がふえるだけで危機的状況が変わるわけではないので考えるのをやめた。
雉は旋回をつづけているがあきらかに混乱している。「え? なんで? ぶつかったよね? え? どういうこと?」そう小声でしゃべっているつもりだが興奮がおさまらないらしく丸聞こえだ。
「おいお〜い鳥ぃ〜俺様にも当たっちゃってるぞぉ〜」
「桃の旦那、サーセンです、鳥に石ちゃんと狙って落とすよう指導したんですが外しちまって、サーセンです、サーセンです」
犬はひっしに頭をさげる。器用に二枚舌を使いこなす犬に、はじめ猿は憐憫の情をおぼえたが、覚醒してイケてたはずなのにとてもでないが太刀打ちできそうにない圧倒的な実力差を見せつけられて、所詮じぶんはリンゴをかじるのが大好きな世間知らずのただの猿だったのだと惨めな気持ちになると、皆のためにペコペコ頭を下げつづける中年の犬が眩しくカッコよく見える。
「おいお〜い犬ぅ〜てめえの指図なのか〜頭に石ぶつかるとよ~地味に痛えんだぞぉ~」と桃ナニガシはくびを前後左右に傾けたり肩を上げ下げしたりしてストレッチしている。「ま、いっか、鳥ぃ〜降りてこ〜い戦評定するぞぉ〜」
「おりてきなさーい」と犬が言って猿が手招きするが、雉は不審がってなかなか降りてこようとしない。「早くおりてきなさーい」とふたたび呼ぶと、鳥は飛んでなんぼの畜生だから好きなだけ飛ばせておけと桃ナニガシは吐き捨て、猿と犬に整列するよう命じた。
「犬ぅ〜こっからはテメーが荷車ひっぱれよ〜それと猿ぅ〜テメーは島で大砲撃つんだ〜派手にぶっぱなしてよ〜城ごと消し飛ばしてデーモン残らず殲滅しろよぉ〜」
「はい?」
猿は動揺を隠せない。
「わたくし──が、ですか?」
「おいお〜い猿ぅ〜しっかりしろよ〜手ぇ使えんのオメーしかいねえだろうがよ〜鳥がデーモンいるとこ探ってよ〜犬が弾込めてよ〜テメーが撃つんだよ〜できるだけ数減らせよ〜残ったのは俺様が全員ボコるからな〜デーモン全滅させたら俺ら伝説の英雄になれっからな〜そしたら猿はデーモン壊滅させたヒーローだぞ〜めちゃくちゃ楽しみだなぁ〜」
「うぉぉぉん……」
気絶は免れたのか童がうめく。やめてくれよぉとお願いしているような声色だ。
「かわいそうになぁ~」と桃ナニガシは童のあたまをやさしく撫でて舌なめずりする。
刺青さした暴君な変態かと思いきや変態ながらも微妙なやさしさを垣間見て犬は心が揺らいだ。ただの気まぐれでも情に訴えて討伐をやめるよう説得できる余地が残されているのではないかと。
「俺様はよぉ~おまえを捕まえてよ~デーモンどもを降伏させようと思ったんだけどよ~鳥が張り切りやがってよ~デーモンとはいえ頭に石ぶつかったら痛ぇよな~おまえまだガキなんだろ~かわいそうにな~恨むんならあの鳥を恨めよぉ~」
猿は犬を見る。犬は猿を見ないがどうしてか無言の叫びが聞こえてくる。
──犬くんオレ無理だよー、デーモンが超わるいやつだとしても大砲で全滅させるなんて正気の沙汰じゃないよー、きっと童のお父さんとお母さんもいるよー、話し合いで解決したいよー、こんな戦い無意味だよー
犬は思う。覚醒した猿はテレパシーまで使えるのかと。猿が心を読めるかどうかわからないが犬は念じる。
──猿くん今は耐えるんだ、服従する素振りを見せるんだ、きっとチャンスはくる、今さっき童にたいして情にもろそうなところ見せたし、ことを急いではいけない、そのときがくるまで辛抱強く待つんだ。
犬は泣き出しそうな猿を一瞥して頷くと「桃の旦那ぁ~、さっきので陣羽織がほつれてしまっているみたいですぜぇ~」と揉み手する気持ちでもって声をかけた。石がぶつかったときに裂けたのだろう。
「あ゛?」
桃ナニガシの様子が一変する。
「なんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~」と桃ナニガシ。慌てふためいて陣羽織を脱ぐと、ほつれをなでては頬ずりして堰を切ったように泣きじゃくりはじめた。
「ん?」
猿と犬が顔を見合わせる。高価そうだがそんなに大事な陣羽織なのか。だったらなぜ着てきた。これから災厄なデーモンと戦うという場面で。ヤバイ団子でキメてるせいか。強力な副作用か。とにかく感情の波が荒すぎる。
「ねえねえ~、どうしたの~? どうして泣いちゃってるの~? なにかあったの~?」
犬が目配せすると、猿は両手で大きく手招きした。低く滑空していた雉がゆっくり旋回しながら降りてくる。
猿と犬と雉で取り囲むが泣き止みそうな素振りはない。大粒の涙をこぼしながらド派手な陣羽織を抱き締めてしゃくりあげている。
「うおぉぉぉん」
ダメージが回復してきたらしい童がふらつきながら立ちあがる。瞳が怒りで滾りそうなさまを見て、猿に制止するよう犬が頼む。猿は金色に覚醒して童のまえに立ち、ふりあげようとする拳を撫でさすった。
「もう桃ナニガシに戦う意思はないよ、憎しみからはなにも生まれないよ、童。さあ、怒りを静めるんだ」
金色の猿が微笑むと、童は「うおおんッ」と叫ぶなり肩でなんどか大きく深呼吸した。そうやって息を整えて拳をおさめた。
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