初めての人生

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初めての人生

 とある冬の昼下がり。老人は暖かな陽射(ひざ)しが射し込める縁側で、ロッキングチェアに揺れながら、今までの人生を振り返っていた。それは、まるで心の中で誰かに語りかける様に…。 『私は産まれたその日から、(よわい)八十を超えた今日までの事を良く覚えている。たまに居る、“胎内記憶(たいないきおく)”と言うやつとは違う。もちろん、母のお腹の中の記憶もあるのだが、違うのだ。いや、正確にはそうなのかも知れないが、私の解釈としては違うのだ。  私の場合、受精卵の段階からちゃんと覚えているし、一日も欠かさず、正確に覚えている。もちろん、コレは普通ではあり得ない事だ。そう。コレは私だけの特別な事なのだ。  どう言う事かと言うと、私は今世を“人間”として生を受けたのだ。私は今まで様々な物や生物、植物、細菌にもウイルスにもなった事があるが、人として生を受けたのは初めての事なのだ。もちろん、辛いことや悲しい事も沢山あった。愚かな行いや、(みにく)争いなども沢山見て来た。だが、私の人生としては悪くなかったと思えるのだ。“人”として、様々な事を見たり、経験できてた。私は初めての人生に満足している。  さて。来世は、次は一体、何に産まれることになるのだろうか…』  老人はニヤリッとしてパイプを一吸いした。フーッと青白い副流煙(ふくりゅうえん)を吐き出すと、ゆっくりと目を閉じたのだった。終
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