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case1 長田 真由の場合
「こんな日まで残業させられるとか、本当に最悪」
すっかり暗くなった中、家路を急ぎながら私は忌々しげにそう呟いた。
(今日は17時までの勤務だった筈なのに)
今の時刻は19時丁度。2時間の残業だ。
「大体、何で今日に限って客が多いのよ」
そう呟きながら、半ば八つ当たり気味に道端に転がっていた空き缶を蹴りつける私。
私の名前は、長田 真由(ながた まゆ)。
28才の会社員だ。と言っても、勤めているのはかなり小さな輸入雑貨の会社で、バックヤード担当の人間が、店舗の店番や電話番も兼務する様な所だ。
私は3年前、そこに配送担当として入社した。
配送担当社員は、私を入れて全部で4人。
この少ない人数で、1日に100件近く来るネットショップからの注文を、商品のピッキングから梱包、出荷まで全てを行っているのである。
「だからもうちょっと、会社は私を大切に扱ってもいいと思うのよね」
私がいなかったら、配送は注文書の印刷すら出来ない無能なおばさんばかりになるんだから。
(なのに、何よ。たまには電話に出て欲しいとか。お店にお客様が来て、皆が忙しそうだったら対応して欲しいとか)
わかってるのかしら?
私は有能だから忙しいのよ。電話番や客の対応なんて他の暇な奴等がやればいいじゃない。
私の仕事じゃないわ。あくまで私は配送担当なんだから。
「第一、今日は私の誕生日なのよ。皆、空気読みなさいよね」
残業なんて、新人にやらせておけばいいじゃない。
丁度うちには、この前入ったばかりのアルバイトがいるんだから。
確かアパレル経験者だって言ってたし、店番なんてあの子にやらせておけばいいんじゃないの?
私は毎日の配送業務で疲れてるんだから。
(何が、うちは少人数だから皆で助け合わないと、よ。そんなのはあんた達だけでやっておけばいいじゃない。私を巻き込まないで。少なくとも、私は、自分の仕事だけは完璧にやってるんだから)
「あー、腹立つ!」
腹立ち紛れに、舌打ちをする私。
と、そんな私の視界を一瞬何かが横切った。
「何っ?」
慌てて、その何かが向かった方を振り向くと、
「猫?」
そこには、まるでぼんやりと……夜の闇に浮き上がるかの様に、銀色に輝く毛並みを持った美しい猫が立っていた。
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