case1 長田 真由の場合

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甘いケーキと、ほろ苦いコーヒーを交互に口に運びながら、自然とささくれだっていた気持ちが妙に落ち着いていくのを感じる私。 (これも、この美味しいコーヒーとケーキのお陰かしら) すっかり気持ちの解れた私は、いつの間にか、胸に溜め込んでいた不平不満を全て彼に打ち明けていた。 私の、どんな我が儘で利己的な不満も、全て嫌な顔一つせずに聞いてくれる彼に、私はすっかり心を許してしまっていたのだ。 と、私の愚痴をすっかり聞き終えた彼が口を開く。 「誕生日まで残業なんて、大変でしたね。貴女は本当に可哀想な方だ。皆、貴女の大切さを理解していないのだから。そうでしょう?」 彼の言葉に強く頷く私。 「そう!そうなのよ!私がいなければ配送はまわらないくせに、小さい会社だからって、あれをやれ、これをやれって五月蝿いの!私はね、重要な存在なの!雑用なんてさせていい人間じゃないの!会社の人間は皆馬鹿だから、それが分からないのよ!」 つい、勢いづいて、両手でバンッとテーブルを強く叩く私。 (しまった!調子にのり過ぎた!) と、思って、慌てて目の前の彼を見るがーー彼は先程と変わらぬ美しい笑顔のまま、ただ私を見つめていた。 その仮面の様に全く変わらぬ表情からは、彼が何を考えているのか窺い知ることは出来ない。 だが、きっと、嫌な思いをさせてしまったのは事実だろう。 (折角、こんな素敵な男性と知り合えたのに。自分から機会を手放すなんて嫌!) 私は精一杯悲しげな顔をすると、瞳に涙を溜め、上目遣いに彼を見上げた。 涙は女の最大の武器とはよく言ったもので。 今までの人生経験上、この表情で落とせなかった男はいないーー私の渾身の泣き顔だ。 すると、そんな私を見つめ、一瞬ふと笑みを深くする男性。 しかし、直ぐににっこりと微笑むと、私の髪を一房手に取り告げた。 「可哀想なお客様。私は貴女に、とても同情しています。誕生日というものは、生きとし生ける者、全てにとって特別だというのに。そんな特別な日を、下らない仕事等で潰されてしまうなんて、なんたる悲劇。ですから……宜しければ、お客様?私に……貴女へ誕生日プレゼントを贈らせては頂けませんか?」 そう語る彼のペリドットの瞳はとても美しくーーけれど、何処か妖しく爛々と輝いている様に見えた。
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