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そしてまた、春
ついに卒業式の日を迎えた。
俺は亮の、泉の、先生ではなくなる。
卒業式が終わったら、俺は…。
「おい、ちょっと」
「櫻井先生…」
まもなく卒業式が始まる。俺はただぼんやりと、体育館に集まってくる在校生たちを眺めていた。そんなとき、うしろから肩を叩かれ、振り返ればそこには櫻井先生の姿。普段の淡々とした声色とは少し違う。何かあったんだろうか。
「お前、亮と泉から何か聞いてるか?」
「…何か?」
「今父親から電話があった。ふたりがいないって」
「…いない?」
いないって、まさかそんなこと。だって泉は、高校を卒業したら、俺と…。
泉はきっとマンションにいるはずだ。思わず駆け出そうとした腕を、グッと櫻井先生に掴まれた。
「お前、何か知ってるのか?」
「…いえ、何も知りません」
「それならここにいろ」
「でも…っ、」
「今朝、起きてこない亮を心配して母親が部屋に行ったら、もうもぬけの殻だったそうだ。泉がひとりで暮らしているマンションに行っても、誰もいないって」
「…それって…、」
「逃げた、のかもな。ふたりで」
*
*
卒業式は予定通り挙行された。
ここにいる生徒の大多数にとって、亮と泉がいなくなったことは、全く関係のないことだった。
卒業式も終わりに差しかかった頃、母親に亮からメッセージが届いたと聞かされた。
“お母さん、ごめんね。これからはずっとずっと泉と一緒にいる”
それを見た母親は、酷く冷静に取り乱すこともなく、ただ「もういいわ」と呟いたそうだ。
『人並みに友達もいて、男か女かは知らないけど、恋人だっていたでしょ?』
泉は俺にそう言った。
泉の言う通りだった。人並みに友達もいて、それなりに女性と付き合っては別れてを繰り返してきた。別れを切り出すのが自分だろうと相手だろうと、さよならをするときはそれなりに悲しいものだった。
でも、こんなにも大きな喪失感に襲われるのはこれが初めてだ。“それなりに”なんて言えるものじゃない。
恋人どころか、泉にとってほんの少しでも価値ある人間にさえなれなかった俺が、こんな風に思うのはおかしいだろうか。
恋人になんかなれなかったくせに。たったの一度も、泉と心が通ったことなんてないくせに。
いや、だからかもしれない。恋人になりたかった。心を通わせたかった。でももうそれはできない。きっともう二度と、泉に会うこともない。
それが分かるから、こんなにも、胸が苦しい。
春は"別れの季節"だと人は言う。
だけど俺はまださよならが言えない。
ーーーーーーー
『青春の煌めき』完結となります。
タイトルほどキラキラとした楽しい雰囲気はなかったと思いますが、最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
スター特典に泉視点でのお話を書きました。
そちらも明るい雰囲気ではないかもですが、もしよければ…ご覧いただけると嬉しいです。
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