1/3
前へ
/13ページ
次へ

4月。始業式を迎える前に、街の桜は散ってしまった。 この私立高校に赴任して来たのは1年前の春。 今までは理科の教員として化学を教えていただけだけど、この春から3年1組の副担任になった。教師になってから担当のクラスを持つのは初めてのことだ。 このクラスは国公立大学や難関私大を目指す生徒が集まる特進クラスだ。もちろん保護者も教育熱心な人が多く、副担と言えどこのクラスの担当が決まったときは、正直「まじかぁ…」と気持ちが沈んだ。 だけどそんなことに思いを馳せていたのは最初だけ。 彼らとの出会いで、俺の中にあったはずの理性や常識が、ぐらぐらと壊れ始めた。 * * 有田(りょう)。 彼はいつもこのクラスの真ん中にいる。一言で言えばイケメン。特進クラスにいるわけだから頭はいい。そして運動も得意のようだ。休み時間は友人に囲まれ、気怠げにくだらない話で盛り上がる姿は普通の高校生そのもの。なのだけど、俺はなぜか、彼のことを怖いと思ってしまう。威張っているだとか、反抗的な態度を取られるだとか、そういうわけではない。ただ怖い。彼の瞳が。 それはなぜか。それは彼の瞳が背筋がゾクッとするほどに温度がないように感じるからだ。まるで神様が創り出した人形のように美しい。美しいのだけど、闇がある。見ているものを不安にさせる。そんな瞳だった。 だけどその瞳が、優しく、柔らかく細められるときがある。それは“彼”が彼のそばにいるとき。 有田(いずみ)。 彼もこのクラスの生徒だが、体が弱いらしく学校は休みがち。そして泉は亮の弟だった。血の繋がらない、亮の弟。どんな複雑な事情があるんだと、先輩教師の櫻井先生に聞くと「亮の両親が泉を養子として迎え入れた」と教えてくれた。 泉がそばにいるときだけは、泉を見つめるときだけは、亮の目は変わる。それはまるで恋人を見つめるときのように、甘く、純粋なものだった。 普通に考えれば体の弱い弟を気遣う優しい兄。 だけどふたりから香るのは、兄弟のそれとは違う、艶やかで色っぽい匂いだった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加