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もう一度ぐるっとまわって、亮のいなくなった更衣室に飛び込んだ。骨が浮き出た泉の細い手首に、赤く血が滲んでいる。 「泉…っ、大丈夫か…?」 「触んないで」 「…え、?」 「せっかく亮の匂いがついてるのに。先生の匂いになっちゃうじゃん」 咄嗟に掴んだ俺の手を、泉はパシッと振り払った。その声も、その顔も、酷く冷たい。 一瞬だけ俺を映した瞳はすぐに赤くなった自分の手首に移り、その途端、瞳の色が、ガラッと変わった。 汚らわしいものを見る目から、愛おしい、とても大事な宝物を見つめるような目に。 手首を見つめたまま、泉が言う。 「先生言ってたよね。セックスは好きな人とするものだ。好きでもない人としたり、無理やりはだめだって。亮は優しいから、無理やりなんてできないよ?俺の嫌がることは絶対にしない」 「だけどね?」と、意地の悪い視線をこちらに向けて泉は続ける。 「だけど、俺の言うことは何でも聞いてくれる。俺がお願いしてるんだよ?縛ってって。そのほうが、俺は亮のものなんだって、感じるでしょ?」 ズキズキと頭が鈍く痛んだ。泉は何を言っている?分からない。分からない。喉が張り付いてうまく声を出すことができない。なんとか絞り出した声は、情けなく震えていた。 「…泉は、泉だ。誰のものでもない」 「…つまんない」 はぁ、と泉が大きくため息をついた。 「先生って、そこそこモテるでしょ?」 「…え?」 「人並みに友達もいて、男か女かは知らないけど、恋人だっていたでしょ?きっと親からも普通に愛されてる。知識もあって、常識もあって、それなりに道徳心もある。でもね、俺はそんなのいらないの。亮しかいらない。…先生は、友達も、未来も、親も。今持ってるもの全てを捨てても、たったひとりを欲しいって、そう思ったことないでしょ?」 「高校生のガキが何言ってんだって思う?」 冷ややかな、全てを見透かしているような笑みを浮かべて、泉がスッと立ち上がった。見下されている。ゾワゾワと肌が粟立った。 「先生。俺が前に言ったこと忘れちゃった?先生は何も分かってないんだよ。亮のことも、俺たちふたりのことも…。亮は俺のだから。誰にもあげない。絶対に、返してあげない」 泉の顔が醜くぐにゃりと歪んだ。こんな顔知らない。これが泉の本当の顔? 「俺はね、亮がいない生活なんて考えられないの。亮がいないなら、生きている意味がないの」 「…先生?」 あれ、泉がまた、笑っている。創り物のような、美しい笑顔で。 「もう少しで卒業式だね」
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