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しん、と静かな教室。
誰もいないと思っていたのに、そこにはひとりの生徒の姿。窓際の席に座り、頬杖をついて窓の外を眺めている。うちのクラスは今体育の時間だ。ということは、
「有田?」
ゆっくりと振り向いたのは有田泉。学校には来ているけれど、体育は見学のようだ。確かに細身で体力はなさそう。でも何か重い病気を抱えているだとか、そんなふうには見えないし、そんな話も聞いていない。
「今日も見学か?」
「うん」
「そっか…大変だな」
「…何が?」
窓の外では生徒たちが楽しそうにサッカーをしている。体のせいでその輪の中に入れない。高校生にもなれば体育の授業なんてダルいと思うのかもしれないけど、でもやっぱりひとりぼっちでただ見ているなんて寂しいんじゃないだろうか。そう思って、言った。
「何がって、」
「まぁ体力はないほうだけど、体育の授業出れないほどじゃないよ」
「え、そうなの?」
まるで友人と話しているときのように、思わず間抜けな声が出てしまった。泉はそんな俺を見てクスクスと小さく笑っている。
セーターで指先まで隠れた手で口を覆うその姿は、なんというか、高校生とは思えない色気があった。
自分の生徒、しかも男子生徒相手に何を考えているんだ…とパッと視線を窓の外に向けると、眉間に皺を寄せ、怖い顔をした亮がこちらを睨みつけるように見上げていた。泉もそれに気付いたんだろう。泉は甘く微笑みながら、ひらひらと亮に手を振っている。
亮はそれで満足したのか、同じように泉に向かって手を振ると、小走りで輪の中に戻っていった。
「先生は、亮が怖い?」
…なぜそれを。でもここで怖いだなんて言えるはずもない。黙ったままの俺に泉はまたクスクスと笑いながら言葉を続けた。
「怖いんだ。変なの。あんなに可愛いのに」
「可愛い?」
イケメンであることは認める。でも可愛いくはないだろう。
「うん、可愛い。でも先生はずっと怖がっていればいいよ。亮の可愛いとこなんて、俺だけが知っていればいいから」
そう言って、泉の唇が弧を描く。泉もまた、神様が創り出した人形のように美しい。
「今日はあったかいね」と、ふわぁ〜とあくびをしながら伸びをした、そのとき。ほんの一瞬現れた泉の手首にあったのは、何かで縛られていたような、赤い痕だった。
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