梅雨も上がれば

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梅雨も上がれば

 春の頃より、先生が机にむかう日が増えたてきた。  最近では誰より早く起きて机にむかい、飯と眠る時以外はほとんど机に張り付いている。  あれほど細々と食事を作るのが好きだった先生が、今や出前に頼る生活である。  なにが気に入らないのか、書いた紙を丸めて放り投げることもあった。  私との会話も減りつつある。机に取り殺されてしまうのではないか、と心配になるほどだ。  まさにそれは取り憑かれているほどの偏執ぶりである。編集部の人間が心配して家を訪れるほどだ。  この小説を書き上げるまで、ほかの仕事も受けないというのである。いつもの穏和な先生からは想像もできないほど、頑固である。  先生と出会っておよそ一年。これほど仕事に没頭する先生を見たのは初めてだった。  春はあっという間に終わり、あれほど美しかった桜の花は散った。あとに残ったのは桜の残り香が染み込んだ葉桜である。  しなやかなそれが濃い緑色にかわり、鬱蒼と茂り始める。  その葉にぬるい雨が降り注ぎ気温が上がり、梅雨が来たのだと私は知った。
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