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梅雨だというのに、空梅雨である。日差しばかり暑くなって、むしむしと湿っぽく体の堪える日々である。
おかげで新緑の影もしおれて見える。いっそ通り雨でも欲しいような気候だった。
珍しく先生が私を買い物に誘ったのは、そんな蒸し暑い日のことである。
「猫殿、長らく心配をかけました。買い物でもいきませんか」
先生が机に眼鏡をおく。目の周りはクマが生まれ、先生の体は以前よりも小さくなったように見える。
手は墨で汚れているし、服だって着たきりでぼろぼろだ。文字を書くというのは、それほどに疲弊するものなのか。
先生はこの数ヶ月で、すっかり老け込んだ。
「小説は、うまくいっているのか」
私はわざと心配していない顔をして、その場で体を掻いてみせる。
「ひどく没頭しているじゃないか」
「おかげさまでようやく終わりが見えてきましたので、今日はもうここで筆をおきます」
「そんなに必死に書かなければならないものかね」
「そうですね……」
先生は机に積まれた紙を見て、愛おしげに笑う。
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