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「体はこんなになりましたが、久しぶりに心が充実している思いです。本当に……久々に、私は若い頃を思い出しました」
「そうか。しかし体を壊しては」
「分かっております。だから買い物に出ましょう、久しぶりに」
なので私たちは、久々二人で買い物に出ることになった。
だいたい買い物などといって誘うのは、先生なりの方便であった。
まっすぐに商店街に向かえばいいものを、先生は神社の境内を抜け、石段で休み線路をのぞき、田圃で鳴く蛙の姿などを眺めて歩く。
ぬるい風が髭を撫でる。ようやく雲が雨をよびそうだ。
風は重く、緑の木々は湿気で頭を下げている。
それに気づいた先生は足を商店街に向けた。
まず立ち寄ったのは酒屋である。小さな瓶に入った日本酒を手に入れ、いつもの八百屋でタケノコをじっくり選んで一つ。
さらに隣の魚屋で、虹色に光る鮎を買い求めた。
「この鮎はいいよ。すごく新鮮で、肝も臭くない」
と、魚屋は絶賛した。
ようやく調理をする気力になったのだろうと思うと、私は妙にうれしくなった。
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