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そしてわかめと共に煮つけられた、茶色いタケノコに箸を延ばす。炊く時は糠臭くてたまらないが、出来上がったタケノコは不思議と爽やかな香りがする。
「広い家では、隅々までみえないでしょう。私の見えないところに化け物がおりそうで」
天井からつり下げられた電灯が、かちりかちりと音を立てて揺れている。
家の裏には線路がある。電車が通るたびに家は揺れ、電灯も静かに左右に動く。
そうすると、部屋の影も左右に動いて私は猫の本能からそちらばかり目で追ってしまう。
「猫殿がなにもないところを見るのも、実のところ恐ろしいのです」
人の言葉を理解しても本能とやらだけは、どうしようもない。
「笑ってください猫殿。私は恐がりなのです」
「それが笑い処なのかどうか、猫の私は理解できない」
先生を怖がらせるつもりは毛頭ないが、私はちらりと部屋の隅をみる。そこに線の細い女が小さく丸まって座っている。
目が合うと頷くばかりの女である。
春以降、彼女は自己主張をやめてしまった。ただ陰気臭く、部屋の中に居座り続けているのだ。
何を尋ねても答えない女に、私はすっかり飽きてしまった。
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