梅雨も上がれば

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 だから仕方なく軒先で雨宿りをしていると、先生に出会ったのである。  それから一年、私は言葉をいくつか覚え、体は太り、毛並みは良くなった。  そして、独り身であった頃、ずっと胸の奥にあった不快な、言葉にできない、重苦しい感情が最近は不思議と薄れた。  ……その感情に、果たして名はあるのだろうか。  母が山に登って以来、胸の奥でくすぶっていた不快な感情である。これが何であるのか、この部屋にある本にも載っていない。  それを尋ねようと口を開けると、先生が先に口を開いた。 「……なんというのか、私がずっと恐ろしいと感じていた感情は」  先生はしみじみと呟く。彼の目は、部屋の隅にあるカマボコを見る。  その隣に女の影があるのだが、先生にはそれが見えてはいないようだった。  先生のしょぼしょぼとした目が私を見た。 「……つまりは寂しいという感情であったようです」  水の音が聞こえた。窓を叩く、水の音。  待ち望んだ雨が、ようやく降り始めたのである。
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