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「先生、風邪か」
本格的な梅雨がきて数日後のこと、先生がやけに咳こむ日が増えた。
朝も昼も夜も寝ている間も、咳が止まらない。熱もあるようだ。食事が細くなり、買い物に出る日もすっかり減った。
そのくせ、小説を書く手は止めないので幾度も言い聞かせた。怒ったこともある。
ようやく書くのをやめたが、それでも布団の中でとりつかれたように書いているので油断がならない。
そのうち、先生の身を案じた編集の人間が、粥などを届けてくれるようになった。まだ若い男だ。
彼は先生に無理をさせたせいかしらん。と、子供のように泣くのである。
その涙を見ると、私は妙に不安にかられた。
私も何か手伝いたいが、肉球ではさほど役には立たぬ。
「猫殿……心配をかけて……さあ。肺でも悪いのかもわかりません」
人には病があるのだという。いや猫にもあろうが、猫は病に罹れば大概は山に行く。これまで出会った猫はそうだった。
しかし人は哀れなことに病に罹っても、大概生きる。生きるが、やがて死ぬ。猫よりほんのわずか長く生きるだけである。
「だから言ったのだ。無理をするなと」
「そうですね。猫殿の言葉は正しい……年の功でしょうか」
先生は薄い布団に寝転がったまま笑う。
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