俺からいちばん、遠いもの

10/10
前へ
/10ページ
次へ
巡のまゆ毛がぴくりと動く。 「ならねえよ。なるわけねえだろ」 「そんなことを言えるのは、お前が何もわかってないからだ」  軽い舌打ちの音。俺を見下ろす表情が苛立たしげにゆがんでいる。その顔を見ただけで、俺の心臓は凍り付いた。 「わかってないのはお前の方なんだよ。いいから言えよ。絶対引かないから」  体がぴったりと合わさり、全身で巡の重みを感じた。逃げようにも体を動かせない。  このままでは、伝わってしまう。  荒ぶる心臓から、いつもより高い体温から、熱で硬くたちあがったその場所から。  俺の体すべてで、巡に欲情していることが。  怖くなって、また瞳が潤む。  嫌だ。気づくな。 「引かないなんて簡単に言うな。お前は想像できてないんだよ」  俺が、今どんな想いでお前を見上げているのかなんて。  巡の指先が、俺の唇をふにふにとまさぐった。たったそれだけなのに、快感が全身をかけめぐる。 「俺、知ってるから。お前が俺に隠していること、全部」  まっすぐに視線がぶつかる。巡は俺の両足の間にひざを割り込ませ、そのまま体重をかけた。  直後、強烈な刺激がせりあがってくる。  や、べ・・・ 「話してくれたら、いいことあるかもよ?」  そう耳元でささやかれると、吐息が敏感なところにあたり体から力が抜けた。  次の瞬間。 「ん、っあ・・・!」  びくびくと全身が震え、視界が真っ白にはじける。下着の中に、じんわりと熱が広がる。巡が息を呑むのがわかった。  まずいと思っても痙攣(けいれん)はなかなかおさまらなくて、しばらくぼうっとした頭で、腰を揺らし続ける。  心地よくて、このまま何もかも忘れて眠ってしまいそう、と思った刹那、くぐもった声が耳の届いた。  ハッとして顔を向けると、巡が口元を手で覆っている。長めの前髪に隠れて表情は見えないけれど、その肩は震えていた。  血の気が引いていく。  あわてて巡を突き飛ばすと、そのまま尻もちをつくように後ろに倒れ込んだ。乱れた髪の隙間から視線がのぞき、俺は固まる。 「巡?」  この中性的な親友は、中性的だと思っていたこの男は、細めた瞳をぎらぎらと反射させながら、頬を上気させ荒く息を吐いていた。  野生の獣のようなその顔は、俺の知っている巡ではなかった。  恐怖で思わず、身がすくむ。  誰だ、こいつは。 「それ、大丈夫なの」  顔をそらし、巡がぽつりとつぶやく。視線が外れると俺はようやく我に返り、急いで立ち上がった。 「・・・帰る」 「は?」  脱ぎっぱなしだった上着を羽織ると、そのまま部屋のドアノブに手をかける。手をひねろうとしたところで、後ろから腰に手を回された。びくりと固まると、巡は俺の頭に顔をうずめた。 「着替えなら、貸すけど」 「いらねえ」  ふいに唇が頭皮に触れた。柔らかい感触に、かつて唇をかさねたことを思い出してしまう。また体が反応してしまいそうなのをぐっとこらえ、俺は巡を押しのけた。 「手、どかせ。帰るから」 「でも、まだ話終わってない」 「話すことなんてねえんだっつの」  自分と巡との間に無理やり隙間をつくると、巡は低めた声でぽつりとつぶやく。 「・・・あっそ。ならいいよ」  なんとなく不穏な雰囲気を感じたけれど、自分のことでいっぱいいっぱいの俺には、巡を気に掛ける余裕はない。  俺はそのまま振り返らず、巡の部屋を後にした。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加