俺からいちばん、遠いもの

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「やめろって」  巡の手を振り払おうとすると避けられ、そのまま手首をつかまれる。 「うわ、細っそ」  親指が俺の手首の内側をすっと撫でた。ぞくりとして、反射的に体がこわばる。とっさに顔を背け、引っ込めようとする腕を巡は勢いよく引っ張った。  バランスを崩した俺は巡の隣に倒れ込む。 「ってえな。なにすんだよ」 「洋って全体的に華奢だよな。そうやって横になってるとさ、俺の体に隠れて、洋の姿がみえないんじゃない?」  巡は、そう言ってじっと俺の顔を見つめる。切れ長の美しい両目は、まるで俺の心の中を見透かそうとしているようだった。  気まずくなって、でも巡はつかんだ手首を離そうとしない。俺は空いている方の腕で自分の赤い顔を隠し、動揺を悟られないように必死だった。 「お前なんか今日、うざい。ばかにしてんだろ」 「なんで?してないよ」 「まじで腹立つ。だいたい、俺はそこまで華奢じゃねえ」 「そうかな」  巡は俺の手首を引き寄せるように引っ張ると、そのまま俺に覆いかぶさった。 「・・・っ!な、にして」 「こうするとさ、たぶん、上から洋の姿は見えないなって」  天井を向いた俺の視線の先には、からかうような笑顔が逆光で暗くかげっていた。  まるで押し倒されているような体勢に、沸騰しそうなほどに体温が上がっていく。  っべえ、たちそ・・・ 「洋?」  四つん這いの巡が小首をかしげる。すでに反応をしはじめたソコに気づかれたくなくて、下を向かれぬよう慌てて巡の頬を両手で挟んで固定する。  巡は一瞬おどろいた顔を見せたが、すぐに目を細め、俺の手の甲をするりと指先でくすぐる。 「ちょっと、やめ」 「ねえ、洋。なんで顔赤いの」  見下ろす視線に熱が灯っていることに、この時俺は気づかなかった。心臓は跳ねるように暴れていて、知らず呼吸は乱れていく。 「答えろよ。なんで?」  いつもの明るい声ではなく、低く、責めるような昏い響き。 「ねえってば」  じれったそうに巡は叫ぶ。俺はもう限界で、頭がくらくらとのぼせていく。  ばれたら、終わりだ。絶対に引かれる。  巡は腕立てでもするように、ゆっくりと体を近づけてくる。かなり硬くなってしまったソコが巡の太ももに触れた、ような気がした。巡が一瞬だけ固まる。  が、すぐに余裕のなさそうに声を荒らげた。 「なあ。何でずっと黙ってんだよ」  眉間には苦し気にしわが寄り、非難するような表情に俺はついに耐えられなくなった。つうっと、目じりから涙がこぼれる。巡は目を見開いた。  気づかれたら、嫌われる。  不快に思われて、友達ですら居られなくなるくらいなら、ずっと秘密にしていたい。  同性にしか反応しないこの体が嫌いで、異性に好意を持たれると拒絶するしかない自分がみっともなくて、けれど誰にも本心を言えない臆病さが情けなくて、俺は自分が世界でいちばん大嫌いだった。 「・・・頼むから、それ以上聞かないで」  巡がごくりと唾をのんだ。 「なんで?」 「俺が本当のことを言ったら、お前、俺のこと嫌いになるから」
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