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今日何度目のため息だろう。
リビングのソファに寝転ぶ俺をひょっこりと覗き込む、ひとつ年上の兄。真上から俺を見下ろして、にやりと口角を上げた。
「どけよ、うっとうしい」
片足をあげて兄の腕を強く蹴ると、ぐらりと体を揺らしつつ兄はおかしそうに声を漏らす。
「もうすぐじゃん、誕生日」
兄は俺の足首を掴んでそのまま突き飛ばした。バランスを崩し、俺は危うくソファからずり落ちそうになる。
かすかに悲鳴をあげあわてて背もたれを掴むと、キッチンで洗い物をしていた母親が不機嫌そうに振り返ってきた。
「やっぱり、洋には無理だったかぁ」
歌うように弾んだ声。首にかけたタオルで髪の水分を拭く動作さえ、まるで踊っているようだ。
「水、飛ぶから。あっち行け」
「まあ誕生日までには無理かもだけどさあ、卒業までには彼女作ったら?」
”彼女”
当たり前のように放ったその言葉に、どうしようもなく心が乱されるのをぐっとこらえる。
んなもん、一生無理に決まってんだろ。
心の中で悪態をつく。すぐに、目頭に熱がともった。本当なら待ち遠しいはずの誕生日も、今の俺にはただひたすら処刑を待つような気の遠くなる時間だった。
ーーー事のきっかけは、兄が彼女と別れて機嫌の悪い時期に、ささいな口喧嘩をしてしまったことだった。
「お前さあ、それ俺のなんだけど」
平日の朝、洗面台で髪をセットしていると、俺の使っていたワックスを兄は苛立たしげに奪い取った。
「別にいいじゃん」
兄は乱暴に俺を押しのけて鏡の前に立つ。無言でセットを始める兄にカチンときた俺は、今一番言われたくないだろうことを言ってやった。
「ケチ。そんなんだから振られるんだよ」
一瞬、兄の動きが止まる。が、すぐに何事もなかったように毛先をいじり続ける。
「うるせえバカ。彼女もいたことねえくせに。何がわかんだよ」
”彼女”
その言葉に、ひやっとした。ずっと目をそらして逃げてきたことに、無理やり対面させられたような。
「わかるよ。ワックスくらい、別にいいじゃん。そんなんで文句言うようなやつだから振られるんだ」
髪を整える兄と、鏡越しに瞳がぶつかる。思いっきり舌打ちが聞こえた。
「人のもん、図々しく使う男の方が嫌がられるだろ。つうかさ、お前そんなに女子に詳しいわけ」
「別に。普通だよ」
どぎまぎする心臓をなんとかなだめつつ、兄の顔からさりげなく視線をそらす。俺の様子が不自然なのを感じ取ったのか、兄は少し間を置き、探るように質問を続けた。
「ふうん?ていうかさ、そもそもいんの。好きなやつとか」
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