【第一部】正すべき世界

1/3
前へ
/15ページ
次へ

【第一部】正すべき世界

「明日か…」  大きな満月が屋上に立つ青年を照らしている。  青年は絶対に満月を視界に入れないようにしながら、眼下に広がる街並みを眺めていた。  厚生労働省麻薬取締部捜査一課の麻薬取締官、鏑木旭陽(かぶらぎあさひ)は翌日に潜入捜査を控えていた。  現在、この国には犯罪シンジゲートにより新種のドラッグがばら撒かれ、それによる事故も多発していた。  マトリも態勢を変えるため、「麻薬取締部LWN取締対策本部」が設置され、捜査一課が中心となって対応に当たっている。  そして鏑木は、その犯罪シンジゲート「クリエーション」におとり捜査として潜入するのだ。  同じ一課であり、鏑木の先輩にあたるマトリ、御影樹(みかげたつき)三週間前に既に潜入している。できるだけ怪しまれないように、わざと潜入時期をずらしたのだ。  鏑木は、すっかり冷めた缶コーヒーの中身を喉に流し込んだ。 「やっぱりここにいた」  鏑木が振り返ると、白衣を着た青年がコピー用紙を片手にこちらに近づいてきた。  鏑木の同期であり、高校時代からの親友の秋月光夜(あきづきこうや)だ。  秋月は鑑定課に所属する鑑定官である。秋月は元々、麻薬取締官として捜査二課に所属していた。しかし捜査中の足の大怪我により、最近鑑定課に異動したのだった。 「デスクにいなかったから屋上にいると思ったんだ。はい、これ」  秋月から手渡されたのは入手したLWNの鑑定依頼結果の報告書だった。 「わざわざ悪いな。えーと……なるほど。やはりLSDも合成されていたんだな」 「ああ、幻覚作用はこのせいだと思う」  危険ドラッグLWN(Lunatic Wolf Nightmare)は約半年前から出回り始めた新種のドラッグだ。しかし、本来はとある精神病のために開発されていた薬だった。  話は一六年前に遡る。                  *
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加