プロローグ

2/2
1553人が本棚に入れています
本棚に追加
/102ページ
5分程過ぎただろうか、ある人影が夫の傍で立ち止まる。 その相手を見て胸が押しつぶされそうになり、手が震えてきた。 ここから少し距離があるから、相手の顔はよく見えない。 背中の辺りまである長い黒髪で、ライトグレーのスーツを着た女性。 その相手と会話を一言交わし、司が席を立つ。 まさか……これは仕事に決まっている。 きっと仕事に向かうために夫は席を立っただけ……。 願いとは裏腹に、二人が同時に動き出すと、女性は先にエレベーターへ向かい、夫はフロントで声を掛けた。 ホテルのスタッフから何かを手渡され、先ほどの女性を追うかのように一緒にエレベーターへ乗り込んでいく。 扉が静かに閉まると、亜希は駆け出して階を示す表示灯を見上げた。上昇していくごとに鼓動の音が激しく脈を打つ。 2、3、4、5、6、7、8、9………。 視界が次第にぼやけ、文字が見えにくくなっていった。 目の前に起きていることが、まるでドラマか何かのように感じ、現実感がなくなってくる。 いつの間にか頬が冷たく濡れ、ぼんやりとしたまま駅の周辺をただ歩きまわっていた。 もう小春を迎えに行く時間だ。しかし、とても笑顔で出迎える自信が無い。園庭でママ友としなくてはいけない会話も苦痛だった。 《宮沢です。今日のお迎え、時間が間に合わないようなので、延長保育をお願いします》 メッセージを送り、重く沈んだ心を引きずりながら、ただ呆然と歩き続ける。
/102ページ

最初のコメントを投稿しよう!